書にいたる病

活字中毒者の読書記録

『菩提樹荘の殺人』有栖川有栖 | 【感想・ネタバレなし】〈若さ〉がもたらす光と闇を書き分ける四つの短編。火村の学生時代のある事件も明かされる

今日読んだのは、 有栖川有栖菩提樹荘の殺人』です。

2013年に刊行された「作家アリスシリーズ」の長編です

あとがきによると、

本書に収録した四編には、〈若さ〉という共通のモチーフがある。

探偵役の火村の学生時代や、有栖の高校生時代の思い出などが散りばめれていて、ファンとしては嬉しい要素満載です。

もちろん、本格推理小説としても、相変わらず冴えたロジックと著者の善良さが伺える物語性が楽しめます。

個人的には、このシリーズでは珍しい”人の死なないミステリ”である「探偵、青の時代」が好きです。

それでは、各短編の感想など書いていきます。

あらすじ

少年犯罪の闇を思わぬ側面から突いた「アポロンのナイフ」、お笑い芸人の野心が生んだ凶行「雛人形を笑え」、火村の学生時代に遭遇した友人たちの若さゆえの過ち「探偵、青の時代」 、”若々しさ”をウリにしていたタレントが殺害され、有栖の初めて書いた推理小説が明かされる「菩提樹荘の殺人」。
〈若さ〉がもたらす光と闇を書き分ける四つの短編。

おすすめポイント 

王道の本格ミステリをお求めの方におすすめです。

作家アリスシリーズでは珍しい”人の死なないミステリ”が収録されています。

なるべくネタバレしないようにしますが、気になる方はご注意ください。

各短編の感想

アポロンのナイフ

17歳の男子高生が複数の人間を死傷させ逃亡、日本中が震撼するなか、有栖の住む大阪で女子高生と男子高生の死体が相次いで発見される、という筋書きです。

逃亡中の男子高生〈アポロン〉は未成年であることから、マスコミの自主規制により氏名や顔を伏せられており、それが市民の不安を一層煽っている状態です。

大阪で発見された女子高生と男子高生も〈アポロン〉の仕業なのか!?と思いきや、事件は意外な方向に進みはじめます。

少年犯罪において犯人ばかり守られているのでは、というのはよく聞くテーマですが、その問題を意外な視点から突いた秀作だと思います。

火村の推理によりあぶりだされた真相は、あまりに戯画的で悪意的でした。

後味悪いですが、メッセージ性が明らかで、この短編集のなかで二番目に好きです。

ただ、2021年ともなると、マスコミが匿名にしても、すぐにネットに晒されてしまうので、この話はもう成り立たないな~、イヤな時代になった、なんて思ったりもしました。

雛人形を笑え

目下売り出し中の漫才師〈雛人形〉の片割れが殺害される、という事件です。

この短編集のなかでは、あまり好きではない部類かもしれません。

推理自体も、そんな滑稽なものでいいの?、という感じでしたが、漫才師が絡む事件なだけに真相にも笑いの要素を入れたかったのかもしれません。

ただ、火村と有栖の漫才という貴重(?)なシーンがありこれは見逃せません。

プロにも、

「先生ら……漫才うまいやないですか」

探偵、青の時代

梅田でかつての同級生と再会した有栖が、学生時代の火村が関わったある事件について耳にする、というお話です。

”青の時代”なんてタイトルなので勝手に、絵の話かな?、と予想していたのですが、単純に探偵の青春時代ということのようでした。

学生時代の飲み会で、集まった面々がちょっとした悪戯心から皆でグルになって火村を試そうとするのですが、簡単に看破されたうえ、思わぬ真相さえ引きずりだされてしまう、というちょっと苦い青春の思い出の話です。

私は最近、海外ドラマ「エレメンタリー」にハマっていて、これは現代NYにホームズとワトソン(女性!)が生きていたら、という設定でとても面白いのですが、観察力、洞察力が鋭すぎるホームズは人のちょっとした嘘や秘密を簡単に見抜いてしまうので、極度に神経質かつ人間嫌いになってしまっています。

火村もホームズも、天性の”探偵”であるが故に理解者を得にくい、という名探偵の宿命を背負っています。

ちょっと苦い話なのですが、シリーズでは珍しい”人の死なないミステリ”である本作がこの短編集のなかで一番好きです!

菩提樹荘の殺人

〈若々しさ〉をウリにしていたタレント・桜沢友一郎が別荘「菩提樹荘」の池にて死体となって発見、死体からは衣服がはぎ取られていた、という事件です。

〈若さ〉をウリにしているのに、名前に儚さの象徴の”桜”が入っているのがなんとも皮肉です。

また、火村の年齢の取り方に対する考え方が興味深いです。

「老いなければ年齢を重ねた意味がない、ということやな? ー火村先生は相当、桜沢友一郎に反発しているなあ」

「価値観が違うと言っているだけさ、あの売れっ子の先生は、若々しくあることを自己目的化してしまっている。命なんてものは道具なのに」

「おお、ワイルドな表現やないか。いつか小説で使わせてもらうかもしれん」

本シリーズは、作中人物が年を取らないサザエさんシステムなので、この会話は何とも微妙な味わいがありました。

今回ご紹介した本はこちら

有栖川有栖の他のおすすめ作品

rukoo.hatenablog.com