『アムリタ』吉本ばなな | 【感想・ネタバレなし】生きることはおいしい水をごくごく飲むこと
何かのあとがきで、著者自身はこの作品をあまり気に入っていないというようなことを書いていた記憶があるのですが、私はすごく気に入りました。
母親が離婚したり、父親の違う弟がいたり、妹が自殺したり、階段から落ちて記憶喪失(?)になったりヘンテコな人生を送っている女性の話なのですが、色々悪いことが起こっているのに妙に呑気な感じの雰囲気が好きです。
不遜ながら、主人公の妹(激烈美人!)にすごく感情移入してしまいました。
それでは、あらすじと感想を書いていきます。
あらすじ
「私」は変化していく日々のなかで、”自分自身”を再び掴み取っていく。
今日という日の何もかもが一回しかなくて、そのすべては惜しみなくふりそそいでいることの愛おしさ。
溢れる水を飲むように、私たちは生きる。その奇跡を切り取った長編。
おすすめポイント
「キッチン」「N・P」などの初期の作品が好きな方におすすめです。
旅に出ているシーンが多いので、小説のなかで旅に出たい方にもおすすめです。
思い出に浸透していく力
本書は、読者の人生に水のように染み入って、その思い出を振り返らせてしまうような力がある、と思います。
まず、主人公・朔美の妹、真由に自分を重ねて読んでしまいました。
といっても私と違い真由は幼い頃から、鄙にも稀なる美貌の持ち主で、「営業用の笑顔を100種類以上持っていた」本物の芸能人です。
ただ、物語開始時点で、ノイローゼによって芸能界を引退、薬物とアルコール依存の末、自殺に等しい事故死をとげています。
このいたましい妹のどこに感情移入したかというと、姉である主人公が彼女を評して、
とにかく真由はそういうとき、あんまりにも景色がきれいだったりするとこわくなって、決して退屈してではなくて、「早く帰ろう、うちに帰ろう」っていう子だったの。
この感じ、すごくよく分かります!
目の前にあるものから良いことを連想できなくて、結論を急ぐあまり破滅に向かってしまうんですよね。
私の今の人生あまり前向きじゃないのは、こういう理由からなんだよなー、と感情移入……。
ついでに、朔美の友人のエピソードが、私自身の友人との思い出に重なってちょっと感傷的になったりもしました。
いつもすっぴんで手ぶらの彼女は、日本にいるといつも堅苦しそうだった。だから、外国に行くととたんにぴんぴんと水をはじく魚のようになった。私ともう一人は、そういう彼女を深く愛していた。
その友人と学生時代何回か海外旅行に行ったのですが、そのときの感じがまさにこういう感じでした。
日本では息苦しそうにしていて、外国に行くと「ぴんぴん」していた彼女を、私は深くちょっと哀しいくらい愛していました。
今、ちょっと連絡がつかなくなっているので、それが悲しいです。
本書のなかで折に触れて思い返してしまう文章があって、それは遠い旅空の下、今はもういない妹を悼む言葉なのですが、それがとても切なくて美しいのです。
誰か、今ここにいない人を思うとき、必ずこの文章を口ずさんでしまうくらい心のなかに残っている文章です。
もう、どこにもいないのだろうか。本当にどこにもいないのだろうか。真由。空がこんなに青くて影も濃くて、きちんと意識すると何もかもがおそろしくすごいのに、もうそういうことも感じられない真由。
ちょっと変わった家族の物語
本書はちょっと変わった家族の物語としての魅力もあります。
ひとつ屋根の下で暮らすのは、主人公の朔美、母親、父親の違う年の離れた弟、いとこの幹子、母親の幼なじみの純子さん。
”女の園”風でちょっと良い感じですよね。
朔美の死んだ父親はちょっとした小金持ちで、朔美はバーやパン屋でアルバイトしながら、のらくら生きている感じが超羨ましいです。
この家族には、妹の自殺や、母親の離婚など人生を暗い方向に引っ張っていってしまう力が働いているのですが、なぜかむしろあっけらかんとした雰囲気があって、それは朔美の母親が中心でただ「びかーっ!」と輝いているからなんです。
この”大いなる母”という重しがあるからこそ、弟がエスパーみたいな力に目覚めだしても、まあまあ落ち着いてやっていけちゃう感じがあるのだと思います。
ある程度人間ができていて、ある程度メンバーの秩序を保つことのできる人物(それは母だった)が中心にひとりいれば、同じ家に暮らしてゆく人はいつしかか家族になってゆく、そんな気がしはじめていた。
生きることは、
本書の印象的なセリフに、「生きることは、水をごくごく飲むようなこと」というものがあります。
二人の別の人間の口から発される言葉なのですが、先に書いたようになんでも決め急ぎがちな私のような人間は、肝に銘じなければいけないと思います。
「空が青いのも、指が5本あるのも、お父さんやお母さんがいたり、道端の知らない人に挨拶したり、それはおいしい水をごくごく飲むようなものなの。毎日、飲まないと生きていけないの。何もかもが、そうなの。」
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