書にいたる病

活字中毒者の読書記録

『透明な夜の香り』千早茜 | 【感想・ネタバレなし】渡辺淳一文学賞受賞、古い洋館に棲む調香師が暴くヒトのどうしようもない欲望と秘密

今回ご紹介するのは、 千早茜透明な夜の香り』です。

生々しく官能的かつ荒々しい著者の文章にすっかり魅了されてしまい最近乱読しています。

食の描写が特に素晴らしい著者ですが、第6回渡辺淳一文学賞受賞作の本書は官能的で荒々しい「香り」についての物語です。

過剰な嗅覚故に孤独を強いられる青年忘れ難い過去を抱えた女性が送る不穏で静謐な日々は、どこか小川洋子の書く異形の人間たちの物語を彷彿とさせます。

そういえば、デビュー作「魚神」でも「匂い」についての描写が大きな意味を持っていました。

五感全てを試されるような、もしくは自分の真の欲望を試されるような、スリルかつラストは何かが満たされるような不思議な読書体験でした。

それでは、あらすじと感想を書いていきます。

あらすじ

元書店員の一香はある事情で半年の間、アパートの一室に閉じこもる日々を続けていた。
しかし、ある日久しぶりに出かけたスーパーで見かけた「アルバイト急募」の文字が目に飛び込んでくる。
それは、古い洋館に暮らす調香師・小川朔の家事手伝いと接客の仕事だった。
朔はオーダーメイドで人の秘められた欲望を「香り」で叶えていた。
元不倫相手の残り香を求める女性、役の香りを求める役者、失踪した女子大生の手がかりを求める親、病気になった息子を元気づける香りを願う刑事。
やがて一香は、朔の過剰な嗅覚故の孤独に自らのある過去を重ねていく。

おすすめポイント 

男女の恋愛ではないけど特別な関係が好物というかたには強くおすすめです。

静謐なのに不穏さを秘めているストーリーが好きな方におすすめです。

人間の「秘めた欲望」「秘密」という言葉にピント来る方におすすめです。

なるべくネタバレしないようにしますが、気になる方はご注意ください。

朔、天才性がもたらす孤独

本書に登場する調香師・小川朔は天才的な嗅覚を持つ人間です。

一香は初対面でしばらく家に閉じこもっていたことや、ファンデーションのメーカーまで当てられてしまいます。

しかも、朔は生理前の匂いさえ嗅ぎ分けるため、一香は期間中は休みを命じられます。

朔の前ではどんな秘密も暴かれてしまいます。

そして、匂いに敏感ということはそれだけ処理する情報が多いということです。

コミュニケーションの難しさと情報の過剰さ。

それ故に、彼は限られた人間としか交流することができず、外出や外食も嫌い普段は古い洋館に引きこもって生活しています。

一香、香りの少ない女性

彼が最も嫌うもの、それは「嘘」の香りです。

それは彼の過去に起因しているのですが、朔は「嘘」さえも匂いで嗅ぎ分けることができます。

一香が採用されたのも、感情の「嘘」をつかなかったことと、匂いがうるさくない、という理由からです。

「香水をつけていなかった。あと、あなたの体臭はうるさくない。たぶん、感情の浮き沈みが人より少ないから。理由があるのか、性質なのかまでは僕にはわからないけれど」

通常であれば、他人のあらゆる情報を嗅ぎ取る朔のそばにいることは苦痛です。

彼には一緒にいないときの生活すら、すべて暴かれてしまうからです。

しかし一香は朔の身の回りの世話を引き受け、淡々と仕事をこなしていきます。

・一香が朔と一緒にいられる理由

・そして、半年もの間引きこもっていた理由

それは、彼女のある秘められた過去に起因しています。

ヒトのどうしようもない欲望 

朔のもとに「香り」を求めてやってくる人間は、皆、欲望や秘密を隠しもっています。

それを堂々と晒す人間もいれば、嘘をついて隠したりごまかしたり人間もいます。

しかし、朔はどんな欲望や秘密も赤裸々に暴いてしまいます。

「どうして人は欲望を隠そうとするんだろう。自分に嘘までついて」

(略)

「きっと」とつぶやいた。

「心の中には森があるんですよ。奥深くに隠すうちに自分も道に迷ってしまうんです」

変わりゆくもの

朔はその性質から変化を極端に嫌っています。

朔の身の回りにいることを許されているのは、決して離れていかないと確信している友人の新城と洋館の農園を守る源さんくらいです。

一香がそのなかに紛れ込めたのは、過去の傷から感情が抑制され、変化が止まった人間だからです。

しかし、傷が癒えれば当然一香は変化していきます。

一香が自分の過去に重ねて朔を案じるのと同時に、朔も変化し得る一香との関係を持て余してしまいます。

そして朔はある選択をします。

全ての判断を人に委ねてきた朔が、人のために自分のために悩み選択をするのです。

その選択を友人の新城は「思春期のガキみたいな意地悪」と称しますが、それでも、変化を嫌っていた彼が、自分から変化する選択をします。

一香の傷は何だったのか朔が一香との関係のために何を選択したのか、ぜひ本篇でご確認ください。

今回ご紹介した本はこちら

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