芥川賞を全作読んでみよう第5回『暢気眼鏡 その他』尾崎一雄 |【感想】底辺の貧乏生活を天真爛漫な若妻に寄せてサラサラと描く牧歌的な作品群
芥川賞を全作読んでみよう第5回、尾崎一雄 『暢気眼鏡』をご紹介します。
芥川龍之介賞について
芥川龍之介賞とは、昭和10年(1935年)、文藝春秋の創業者・菊池寛によって制定された純文学における新人賞です。
受賞は年2回、上半期は、前年12月から5月までに発表されたものが対象、下半期は、6月から11月までに発表されたもの、が対象となります。
第五回芥川賞委員
谷崎潤一郎、山本有三、久米正雄、佐藤春夫、室生犀星、小島政二郎、横光利一、川端康成、瀧井孝作、菊池寛、佐々木茂索。
第五回受賞作・候補作(昭和12年・1937年上半期)
受賞作『暢気眼鏡』のあらすじ
感想
貧乏を明るく描く
ちょっと思うのが、受賞作の質にも大分波というか種類があるな、ということです。
第1回の『蒼氓』や第3回『コシャマイン記』はめちゃくちゃ文学然としていて、これぞ純文学!という風格がありますし、第4回『普賢』なんかは純文というにはあまりに猥雑で混沌とした世界に圧倒されます。
そして、第5回の本書はというと…、売れない小説家の困窮生活が割合明るく牧歌的に描かれていて、結構とっつきやすい作品といえるかもしれません。
語り手の”私”は、仕事をしないために妻と離婚、好き勝手に暮らしているために実家とは絶縁状態、友人からは借金しまくりのうえ、若妻・芳枝と暮らす下宿屋にはもう随分宿賃を貯めていて追い出される寸前という絵にかいたようなダメ男です。
しかも、それを悪びれるどころか、金の催促なんかされては、仕事(=小説を書くこと)ができないじゃないか、とうそぶく始末。
うそぶく割には、全然小説を書いている素振りもないのですが……。
そして、若妻・芳枝もその困窮生活を実に暢気に過ごしていて、子猫と遊んだり、夫をおどかして遊んだり、なんかこの夫婦似てるよね~、と思いました。
ここまで、貧乏生活をからっと生きられると逆に芸になっているものがあります。
選考委員もこの点を評価している向きが多いのでは、と感じました。
男女の主人公の性格に凡庸でないものがあって為めに貧乏生活もジメジメした自然は小説から区別されるべき逸脱の趣があった。(佐藤春夫)
貧乏の苦味などの自己主観を出さずに、明るく、サラサラと描いた所に、新味があると思った。(瀧井孝作)
細君「芳枝」又の名を「芳兵衛」の性格の面白さは無類である。(小島政二郎)
今後の期待に寄せて
確かに妙味のある作品なのですが、この作品だけの満足感でいうと、ちょっと物足らないものがあるのも確かです(どうしても『蒼氓』や『コシャマイン記』のすごみと比べてしまうので……)。
しかし、選考委員の評を読んでいると、今後の活躍に期待し、一度世に出さんがために、ここで賞を与えておこう、という思惑も感じられます。
これは、純文学の新人賞という芥川賞の主旨に正しくのっとったものでしょうが、文壇という狭い世界では、選考委員と著者が友人・知人であることも多いのでは?、と思わされました。
特に瀧井孝作の評など、絶対に個人的に付き合いあるだろ、という感じがします。
その意味で、まだまだこの頃の芥川賞選考は緩いな~という印象を持ちました。
筆力だけでなく人間としてもたたきあげたところが見えているのを好もしく思って、この作者に別個の世界を描かせるためにも世の中へ引っぱり出す必要があると考えたからである。(佐藤春夫)
君の才能は友人間にはとくに認められていたが、一般的には未だ埋もれている風だから、今回推薦してみた。(瀧井孝作)
他に有力な作品が少なかったからでもあろう。しかしまた、尾崎氏の消極的な人徳の然らしむるところであった。(川端康成)
書けない作家が書けない事を書いている作品、というものは昔から好きでない。こういう副産物的作品以外のものを一日も早く作者から見せて欲しいものだ。(佐々木茂索)
佐々木茂索が結構厳しくて、ヒヤリとします。
次回は、もうちょっとすごみのある作品が来ると嬉しいです。
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