書にいたる病

活字中毒者の読書記録

『月のぶどう』寺地はるな | 【感想】凸凹な姉弟が営む心温まるワイナリーの物語

今日読んだのは、、寺地はるな『月のぶどう』です。

食べ物が出てくる話が好きです。

映画も「かもめ食堂」や「リトル・フォレスト」などが好きで、本書も映画「しあわせのパン」みたいな感じかな~、と 思い読み始めました。

が、予想以上に人間描写が克明で、血だらけになってしまいました。

もちろん、この美しくも心温まる物語に勝手に血だらけになる人間は私だけです。

では、あらすじと感想を書いていきます。

あらすじ

26歳になっても自分の居場所も見つけられない天瀬歩は、母の突然の死去により、実家である天瀬ワイナリーで働くこととなる。出来の良い双子の姉・光実に引け目を感じながら育った歩は、それでも懸命に自らの生き方を模索していく。そんな歩に周囲の人間も徐々に変わっていく。

 おすすめポイント 

姉弟がお互いに無い部分を補い合いながら、母がいなくなった後の穴を埋めようと努力する様は、心打たれます。喪失と再生の物語、という言葉に弱い人におすすめです。

登場人物

天瀬歩(あませあゆみ)

主人公。天野ワイナリーの息子。何事も不器用なたちで、出来の良い双子の姉・光実と比較されながら育つ。酒に弱い。

天瀬光実(あませみつみ)

歩の双子の姉。ワイナリーを継ぐことに幼い頃から情熱を燃やす。頑固な所がある。母の死後、歩にワイナリーを手伝うよう頼む。

日野さん

天瀬ワイナリーの醸造長。覇気の無い歩がワイナリーで働くことを内心よく思っていない。

森園くん

天瀬ワイナリーでアルバイトする青年。歩に嫌がらせをする。

天瀬美香枝(あませみかえ)

歩と光実の母。生前、ワイナリーの経営に手腕を奮っていた。故人。

ワイナリーのお仕事

これ一冊でいっぱしのワイン評論家になった気がするほど、''ちゃんと''ワイナリーの仕事が描かれているお仕事本でもありました。

ワインの澱を卵白で濾す作業があるのですが、あ~、だから向こう(フランスとか)では卵黄を使ったお菓子が多いのね、と納得してしまいました。

また、ワイナリーというとお洒落な語感ですが、農家であることに違いなく、天候に左右される様や、きつい重労働がきちんと描かれる様は、ともすると単なる歩の成長物語に終わりそうな本書の背景に厚みをもたらしていると感じました。

特に、わかる人にわかればいい、と頑固な光実と日野さんに対し、それは作り手がいって良い言葉なのか?、と歩が核心を突く場面ではハッとさせられます。

確かに、わかる人にわかればいい、と頑なな態度は、その創るものが、ワインであっても本であっても歌であっても、何故か受け手にはわかるものです。

余談ですが、ワイナリーの作業のシーンは、川原泉の『美貌の果実』を思い出しました。

こちらも、ワイナリーの仕事が細やかに書かれた傑作短編漫画です。

うーん、ワイン飲みたい。

心に刺さりまくる''ダメな''人間たち

多分感動的で良い本なんだろうけれど、自分には刺さりすぎて痛い、苦手、という小説が誰でもあるものだと思うのですが、本書『月のぶどう』は私にとってそういう本でした。

一見、26歳にもなって叔母さんのカフェでアルバイトしてる歩が、ダメな人間代表のように思えるのですが、実は、登場人物全員''ダメ''な人間です。

歩の双子の姉・光実は、頑固で母親のやって来たことを鵜呑みにし、一人でなんでもしようとするうえ、人に弱みを見せられない、という欠点があります。

日野さんは、歩をやる気がない、と一方的に決めつけ指導しようとせず、一方で光実に対しても子ども扱いで技術を伝授しようという意識は低めです。

バイトの森園くんは意味不明な嫌がらせをするし、祖父は婿である父のことをどこか軽んじているし、叔母さんは歩を可愛がっているようで、姉へのコンプレックスの解消に使っているし、ワイナリーを舞台にしたほのぼのした物語なのに、読み始め数ページで血だらけになりました。

でも、このお話に傷つく、ということは、私が人の嫌な所・欠点だけを見る人間だからだなあ、と実感します。

というのは、歩は細かい気遣いに長け、光実は責任感が強く、日野さんは情熱家、とちゃんとそれぞれ善いところが描かれているからです。

というか、善いところの方が全然多く書かれていますので、誤解しないでください! 

このお話は、欠点もあるけれど根本的には善良な人たちが、すったもんだしながらワインをつくる、という基本的には成長物語であり家族の物語なのです。

きっと、この本を読んだほぼ全ての人は、心が温まるような読後感を味わえる、と思います。

ほんと、私もそうありたかった、そういう人間でいたかった!、と心臓が割れるような気持ちです、今。

わざわざ、人の嫌なところを凝視して、そこだけで人を評価して、後でどんなに優しくしてもらっても心を開けない、一度ぶたれた犬が二度と手を舐めないような、そんな人間なんです私は! 

本当は私も、歩と光実の父のような人間でありたかった。

「ぜんぶ理解できんでもええんや。親族とはいえ、他人なんやから。共感もするな。共感なんてものは、なんの役にも立たん」

ただお前は、誰にでもいろいろある、ということを理解するだけでええと思う。それが他人を尊重する、ということや。そんなふうに父は言ったのだった。

と、心は叫ぶのですが、残念ながら、私は欠点だらけの人間なうえに自分を変えることもままならないので、登場人物たちが幸せに光実の結婚式に集うクライマックスシーンで、なぜか置いていかれた子供のような寂しさに取り残されてしまいました。

誰か一人でも、私と一緒に最後までイヤな奴でいてほしかった。

だから、たぶん森園くんは私の友達です。

今回ご紹介した本はこちら