書にいたる病

活字中毒者の読書記録

『オーバーロードの街』神林長平 | 【感想・ネタバレ】人間よ、人間をやめよ、〈地球の意思〉が人類に宣告する黙示録的SF

今日読んだのは、神林長平オーバーロードの街』 です。

『火星3部』などの代表作で知られた著名なSF作家ですが、実は初読です。

もともとSF作品にあまり馴染みがないのですが、このブログをはじめてから、色々なジャンルの小説を読んでみようという気になりました。

本書は、まさに崩壊しようとしている世界を描いた黙示録的作品で、良い意味で読み通すことがしんどかったです。

これは後輩作家である伊藤計劃作品にも通じるのですが、グロテスクな描写を無味無臭に描き、それが神々しくさえありました。

それでは、あらすじと感想を書いていきます

あらすじ

人間を補助するパワースーツやパワーローダーが実用化されている近未来、富裕層が居住する「特区」にて、無差別連続殺人が勃発、鎮圧に向かった警察や軍の動力甲冑同士も互いに殺し合いはじめた。そして、世界同時にネット環境が破壊され、全てのマネーは一瞬にして蒸発。そして、〈地球の意思〉なる存在が人類に宣告する。人間よ、言葉を捨てよ、人間であることをやめよ。その意思は一人の少女が顕在化させたものだった。

おすすめポイント 

壮大で神話的なストーリーが好きな方にはおすすめです。

フーコーの生権力が言及されるなど、哲学的な議論が展開されます。そういう会話が好きな方にもおすすめです。

ここから、ちょっとネタバレあります。ご注意ください。

人間よ、絶滅せよ

本書の舞台は近未来の日本、パワーローダー動力甲冑と呼ばれる人間の動作を補助するスーツのようなものが実用化され、介護やスポーツ、軍隊などで使用されていることが分かります。

しかし、富裕層と貧困層は取り返しのつかないほど分断され、一部の特権階級が『特区』と呼ばれる"島"に居住しています。

近未来とはいうものの、この分断された社会構造には、現実の日本が重なって見えます。

物語は、一人の少女が路上で凍死しかかっている場面から始まります。

母の虐待から逃げ、施設に頼ることもできず今にも力尽きようとしている彼女のスマートフォンに突如、〈地球の意思〉を名乗る存在からのメッセージが現れます。

そのときから、少女・有羽のそばに謎の黒い存在〈オーク〉と、その上位存在〈オーバーロード〉が寄り添いはじめます。

場面が変わり、新聞記者の間嶋が、介護施設で高齢者を虐待した疑いをもたれている呉という男にインタビューしているシーンとなります。

なぜ、そんなことを行ったのかを間嶋は問いますが、呉は間嶋をけむに巻いてしまいます。

社に戻った間嶋のPCに突如現れた画面に驚くべき預言が現れます。

〔呉大麻良は、PLD3141による無差別同族殺戮を開始する〕

そして、『特区』において、パワーローダが装着者の意に反して、人間を無差別に殺戮する事件が続発、鎮圧に向かった警察・軍の動力甲冑もお互いに攻撃し合う事態に陥ります。

取材に向かった間嶋は、『特区』の手前で少女・有羽と出会います。

一方、呉は『特区』内に居住する有羽の実母・咲都と出会い、事件の渦中に巻き込まれていきます。

〈地球の意思〉なる存在が、人類に宣告するのは、「全ての経済活動の停止」および「言葉を放棄せよ」というもの。

つまり、人間に固有の活動を停止=絶滅せよ、と言っているも同然です。

そして、それを拒否する人類に報復するように、全世界的にネットワークがダウン、全ての金融記録が消滅し、マネーが一瞬にして蒸発、人間はかつてない存続の危機にさらされます。

まるでバベルの塔が崩されるように、人間の社会は次々に破壊され、終末へと向かっていきます。

母と娘、そして主体的に生きるための物語

本書は、人間世界の崩壊の物語でもあり、一組の母娘の物語でもあります。

二人の関係は複雑で、母である咲都は、娘の有羽を長年虐待していましたが、自分自身も父親から性的虐待を受けて育った経験を持っています。

咲都の有羽への感情は、憎しみや無関心だけではなく、その底には捨てられない愛情が見え隠れします。

咲都は有羽に性的虐待を行った元夫を、パワーローダーの力でマンションの最高層から投げ捨て殺害し、自らの最期は娘に殺されたい、と願います。

また、娘である有羽は、母親に対する恐れや精神的軛から脱却できていません。

母親の愛を渇望しながら、激しく憎んでもいる、有羽は一歩一歩、母親のもとへと近づいていき、ついに対決の時を迎えます。

物語中に、フーコー生権力についての言及があります。

”生かされことで、社会に管理される生き方”に、咲都は強烈に反発します。

「わたしは自分の生を自分でコントロールしたいのよ。自分が死ぬのも自分の勝手にしたい。社会的に無理やり生かされるなんて、まっぴらだわ」

女性ということで父親や夫に何度も裏切られ虐げられ、そして経済的に生産性があるという理由で『特区』に居住させられている、物質的には恵まれながら、結局何一つ自由にすることができなかった彼女の魂の叫びが聞こえるようです。

そして、今、人間の社会は崩壊し、彼女を縛ってきたモノはもう何もない、あとは娘が来るのを待つだけ。

娘である有羽に乗り越えられること、それが彼女の決めたカタルシスでした。

有羽が母親への愛憎を脱ぎ捨て、一人の少女から、神話的存在へと変化したとき、物語はふつっと幕をおろします。

まるで、世界が人間という存在を忘却したかのように。

物語の幕切れのあまりの潔さと、現実と仮想世界、過去と未来がチカチカと明滅するような感覚に読み終わってからもしばらくぼぅっとしてしまいました。

今回ご紹介した本はこちら