書にいたる病

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芥川賞を全作読んでみよう第3回その1『コシャマイン記』鶴田知也 |【感想】 アイヌの誇り高き酋長の末裔コシャマインの悲劇的な死を抒情詩的にうたいあげる

芥川賞を全作読んでみよう第3回、その1では、鶴田知也コシャマイン記』をご紹介します。

芥川龍之介賞について

芥川龍之介賞とは、昭和10年(1935年)、文藝春秋の創業者・菊池寛によって制定された純文学における新人賞です。

受賞は年2回、上半期は、前年12月から5月までに発表されたものが対象、下半期は、6月から11月までに発表されたもの、が対象となります。

第三回芥川賞委員

菊池寛久米正雄山本有三佐藤春夫谷崎潤一郎室生犀星小島政二郎、佐々木茂索、瀧井孝作横光利一川端康成

第三回受賞作・候補作(昭和11年・1936年上半期)

受賞作

コシャマイン記』鶴田知也

『城外』小田嶽夫

候補作

『部落史』打木村治

『遣唐船』高木卓

いのちの初夜北條民雄

『神楽坂』矢田津世子

『虹と鎖』織田隆士

『白日の書』横田文子

前回の第二回が受賞作なしだったので、第三回は二作を受賞作として挙げたようです。

受賞作『コシャマイン記』のあらすじ

和人と戦うことを誓いながら、志なかばで倒れたアイヌの誇り高き酋長コシャマインの悲劇的な生涯を抒情詩的に描く。

感想

題材について

第一回受賞作の『蒼氓』が、1930年代のブラジル移民という時勢に沿った題材だったので、和人のアイヌ迫害の歴史を古風な文体で綴った『コシャマイン記』に少々めんくらいました。

本書の受賞については満場一致で決定したようで、菊池寛の選評では以下のように評されています。

コシャマイン記」は、古いとか新しいとか云うことを離れて、立派な文学的作品であると思った。委員諸君の同意が得られない場合にも「文藝春秋」に再録したいと思っていたが、殆んど満場一致で入選したことは、嬉しかった。

時勢に沿った題材でなくとも、文学的に素晴らしい作品には受賞されるということですね。

物語の徹底的な悲劇性と透徹な神性

和人に殺されたアイヌの酋長の子供であるコシャマインは、母と共に逃れ、いつの日かアイヌの部族をまとめ和人に立ち向かうことを誓いますが、村から村へ逃れいくうちに、母は老い、妻との間に子は為せず、最後は日本人に騙されてリンチされ死んでしまいます。

その抒情的で朴訥とした文体を追ううち、自分がまるで囲炉裏を囲んで先祖の英雄譚を聞かされる子どもになったかのような心持ちがしてきます。

特に、コシャマインの母親が、自分が生き永らえてきたのは何のためだったのだろう、と嘆く場面ではその悲痛さが胸をうちます。

生き永らえるよりは、コシャマインとその母をかばって死んだ父親の部下キロロアンのように誇りがあるうちに倒れたほうが良かったのかもしれません。

最期は祖先や父と同じように日本人に騙されて殺されるコシャマインですが、祖先や父が英雄として死んだのに対し、コシャマインは結局、母に望まれたような英雄にはなれず、部下の一人も持つことなく、単身で和人の一矢報いることもできず、たった6人の日本人それも下っ端開拓民に殺されます。

しかも、日本人に対する脅威として殺されるのではなく、ただコシャマインの妻の身体目当てに殺されます。

その徹底的なまでの悲劇。

しかし、その透徹なまでの描写には、あたかも神性が宿っているかのように厳かです。

川に流されたコシャマインの死骸が、鴉や獣に食い荒らされる最期の描写には、悲劇や悲痛さを超えた神聖さすら宿っているように感じました。。

コシャマインの死骸が、薄氷うすひらの張った川を張った川をゆっくりと流れて下り、荒瀬にかかって幾度か岩に阻まれたが、ついに一気にビンニラの断崖の脚部に打つかった。それから、かつて神威カムイが年ごとに訪れ給うたカムイミンダラの淵に入って、水漬みづいている楓の下枝に引っかかってそこに止った。やがて氷が淵を被うた。そしてわずかに氷の上に見えていたコシャマインの砕けた頭部を、昼は鴉どもが、夜は鼠どもがついばんで、その脳漿のうしょうのすべてを喰らい尽くしたのであった。

今回ご紹介した本はこちら