『訪問者』恩田陸|【感想・ネタバレ】コーヒーと共に味わう極上の密室劇
最近、自宅のすぐそばにちょうど良いお餅屋さんを見つけてホクホクです。
と、食べ物の話は置いておいて、
本書『訪問者』では、山奥のお屋敷に実業家朝霞一族が集まり、そこに訪問者が次々とやってくる、といういわゆる密室劇の形式で進んでいきます。
一族の次男、朝霞千次のもとには、数日前に「訪問者に気を付けろ」という怪文書が届けられ、登場人物のそれぞれの思惑と緊張感が張り詰めるなか、長い嵐の夜がやってきます。
こう密室であーでもないこーでもない、と話し合う話は、映画『キサラギ』を思い出します。あれも好き。
恩田陸さんは、ミステリ、ホラー、少女小説、幻想小説と、様々なテイストの作品を手掛けられていますが、私は、人々の様々な思惑が交錯するミステリが特に好きです。
他で言うと、厳密には密室劇というわけではないですが、『木曜組曲』が特に好きです。
本書でも、様々な謎が入り乱れます。
- 数年前に、事故死したとされる一族の頭領、朝霞千沙子は他殺だったのか。
- 千沙子に育てられてた孤児、映画監督峠昌彦の父親は誰なのか。
- 峠昌彦は本当に事故死だったのか。
- 屋敷に眠るお宝とはなんなのか。
屋敷に集まった朝霞一族の兄妹たちと訪問者たちは、その謎をああでもないこうでもないと、こねくり回し、その度に人の思いもかけぬ一面が現れ、そしてまた新たな訪問者がやってきて、謎が披露される。
派手な事件が起きるわけではないのですが、そこは恩田陸の筆力、要所要所でぴんと研ぎ澄まされるような緊迫感にぐいぐい引き込まれていきます。
テーマのなかに、「群盲、象を撫でる」というものがあり、本来は、燕雀鴻鵠と似たような意味なのですが、作中では、人の本質は一側面からは計り知れない、というような意味で扱われます。
一つの秘密が露わになるたび、登場人物の表情がくるくる変わっていく。短慮と思っていた人が計算高く、したたかだと思っていた人が弱弱しい、そしてそれもただその人の一側面でしかない。
読み終わると、登場人物と共に長い長い一夜が明けた後の朝日を浴びたような気持になり、一緒に夜を明かした登場人物たちと握手を交わしたい、という思いになります。
ミステリが読みたいけど、重い話じゃなくて、でもよく練られて出来のよい焼き菓子のような作品が読みたい、というよくばりな要望に応えてくれるお話でした。
ぜひ、コーヒーとお菓子のおともにどうぞ。
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