書にいたる病

ものがたり大好き主婦の読書記録

『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』若林正恭 | 【感想】著者が見るキューバ・モンゴル・アイスランド

 

今回ご紹介するのは若林正恭著『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬 (文春文庫)』。

あまりテレビを見ないので、著者の若林正恭さんがオードリーのツッコみのほう、ということぐらいしか知らないのですが、逆に言うと全然テレビ見ない人間ですら知っている有名人ということですよね。

センスあるタイトルに惹かれたのと、このご時世で旅への情報に飢えていたことで購入。

あらすじ

 芸人として超多忙の著者が、2016年6月頭、マネージャーから告げられる。「今年は夏休みが5日取れそうです」 何者かに誘われるように、かねてからの念願であったキューバ旅行へ。社会主義国であるキューバの強烈なカルチャーショック、旅に誘われるようにモンゴル、アイスランドへ、そして、密やかに家族への思いが語られる。

 

おすすめポイント 

 芸人としての若林正恭さんのファンはもちろんのこと、良質の旅エッセイとしても楽しめます。有名人の書いたエッセイだからと逆に敬遠するのはもったいないでしょう。また、人見知りである著者が、骨の髄まで芸人であることを実感できる一冊でもあります。

競争原理について思考する旅

キューバクラシックカーがばんばん走っているそうです。

そういえば、映画ワイルド・スピード ICE BREAKでも冒頭キューバが舞台となっていましたね。

wildspeed-official.jp

 

さて、本書はただ、有名人が旅行に行って、現地で白人相手のサービスを受けて、雄大な自然または遺跡、または親切な現地人に心打たれた、価値観が変わった、みたいなことを何ページも書く、そんなショボいエッセイでは断じてありません。

著者が日本の東京という都市で生きるなかで、なぜ自分は人と競争せねばならないのか、という問いを社会主義国への滞在に重ねて思いを巡らす、そんな結構真面目なエッセイなのです!

2014年ニューヨークを訪れた著者は、資本主義の「お金を稼いでいい暮らしをしようぜ」な競争原理主義的価値観に辟易します。

若林さんが売れていなかったとき、売れなかったときの2回、学生時代の同窓会に参加するエピソードが語られ、まあどちらもときも、ビミョーな雰囲気になってしまうのですが、そのビミョーな雰囲気こそ、資本主義の「お金を稼いでいい暮らしをしようぜ」価値観に日本がどっぷりつかってるからなんじゃないの、と思うわけです。

このあたりの話が面白い。その同窓会の気まずい空気や人間のセコい根性を直に感じるようです。

ここらへんで、著者は、自分たちをやたらと競争させる何者かに疑問を持ちます。

競争主義の灰色の街に背を向けてキューバを訪れる著者、キューバはその点、社会主義国なので、日本やアメリカのような意味での競争は存在しません。めっちゃ勉強していい大学行って稼いで、みたいなロールモデルはないんですね。

ただ、別の競争はあります。

そして、ラテンアメリカはアミーゴ社会なので、当然高いポストにアミーゴがいると良い家が割り当てられやすくなるということもあるらしい。

(中略)

自分に尋ねた。競争に負けてボロい家に住むのと、アミーゴがいなくてボロい家に住むのだったらどっちがより納得するだろうか?と(p150~151)

 

人間は、どこに行っても競争したがる、能動的に競争に身を投じることが、せめてもの自由なんだなあ、そんな風に著者は感じたのかもしれません。

一言でいうと、

「ああ、めんどくさい」(p153)

骨の髄まで染み込んだ芸人魂

「ぼくは今から5日間だけ、灰色の街と無関係になる」と東京を飛び出していった著者ですが、キューバに行ってもモンゴルに行ってもアイスランドに行っても、彼の骨身に染み込んだエンターテイメント精神みたいなものは、全然外れていません。

きっと本人は意識していないと思うのですが、まず、素人とは人と話すときの視界というか感覚というかが全然違うんです。

仕事を離れてただの休暇なんですから、誰かを笑わせたりウケをとったり、話を回したりする必要は全然ないのに、著者はなぜかそれをやめられません(人見知りなのに)。

キューバでは若い男性ガイド(キューバ人なのに人見知り!)を笑わせようと執拗にトライし、アイスランドでは、ツアー客のテーブルの話をうまく回せたんじゃないかと回想する。

私たちは普通人と話すことを「しゃべる」と表現するんですが、著者にとっては、「しゃべり」、名詞なんです。

自分がしゃべることを商品にしている人の視界だなあ、と感心しました。

私にとっては、旅の情景の描写より、この視界に触れられたことのほうが、このエッセイの魅力でした。

 

 アイスランド、死の領域に触れる

アイスランドといえば、最近「イーセイスキル/Isey SKYR」をスーパー等で見かけるようになりましたよね。アイスランド伝統の乳製品で、高たんぱく脂肪0の健康食品だそうです。私も食べたことがありますが、お値段はお高めですが結構おいしかったです。

ちなみに、この食べ物がこのエッセイに登場するわけではありません。ただの個人の雑感です。すみません。

さて、アイスランド編で、著者はグトルフォスの滝を訪れます。「黄金の滝」と呼ばれ、アイスランドで最も美しいとされる滝ですが、

ただただ、「落ちたら死ぬな」とずっと身を硬くしていただけだった。

私、この感想にすごく興奮しました。

私の大好きな、漫画『北北西に曇と往け』2巻で同じ滝を訪ねるシーンがあるのですが、そこでも、

 「死を感じる」「生き物の領域じゃないな」

 同じ滝をこう評しています。著者の入江亜季さんもアイスランドを訪れて、同じ滝を見て同じことを感じたのではないでしょうか。

全く、違う人間が同じ滝を見て、同じく死の感触に触れる。

どんなにすごい滝なんだろう、とも思いますし、人間てすごいな、こんなところでもつながれるんだな、とちょっと興奮しました。

その他、亡きお父様との昏々と思い出が語られたり、人見知りである著者がツアー客に混じるために粉骨砕身したり、笑いあり涙ありの一読の価値ある名作エッセイでした。

今回ご紹介した本はこちら

 

また、ブログ中少しご紹介した入江亜季『北北西に曇と往け』も読む価値ある名作漫画です。

ご興味があればぜひぜひ

 
またアイスランドの伝統食「イーセイスキル/Isey SKYR」もとても美味しいので、ご紹介しておきます。バニラ味が美味しかったです。