『迷宮百年の睡魔 LABYRINTH IN ARM OF MORPHEUS』森博嗣 | 【感想・ネタバレなし】 人間の誇りは、尊厳は、躰と頭脳どちらに宿るのか。美しき女王が再び現れる。百年シリーズの二作目。
今日読んだのは、 森博嗣『迷宮百年の睡魔 LABYRINTH IN ARM OF MORPHEUS』です。
本書は百年シリーズと呼ばれる連作の二作目になります。
1作目に引き続き、ジャーナリストのミチルと、作中では"ウォーカロン"とよばれるロボットのロイディが活躍する近未来SF×ミステリです。
人間の尊厳は身体と脳どちらに宿るか、という前作から引き続く問いが再び繰り返されます。
それでは、あらすじと感想を書いていきます。
- あらすじ
- おすすめポイント
- ミチルとロイディの活躍
- 人間の尊厳はどこに宿るか
- 今回ご紹介した本はこちら
- 既刊『女王の百年密室 GOD SAVE THE QUEEN 』
- 次刊行『赤目姫の潮解 LADY SCARLET EYES AND HER DELIQUESCENCE』
あらすじ
そして、王宮モン・ロゼで発見された首無し死体、犯人と疑われるミチル。迷宮のような街とすべての前提が覆る真相。神話的近未来ミステリ・百年シリーズの第二作目。
おすすめポイント
文章の端正さ、女王・メグツシュカの神々しい描写などが見所です。
単純に主人公ミチルと相棒ロイディの冒険としても楽しめます
あっと驚く仕掛けも施されています。
ミチルと女王・メグツシュカの人間の躰と精神にまつわる会話劇としても楽しめます。
ミチルとロイディの活躍
前作と比べ、ロイディが一層人間臭くなっている気がします。
おそらくモンサンミッシェルがモデルと思われる海に囲まれた街・イル・サン・ジャックを訪れたジャーナリストのミチルとロイディは、そこで、前作の舞台ルナティック・シティに君臨した女王・デボウ・スホに生き写しの別の女王・メグツシュカと出会います。
そして、起こる首無し殺人事件。
ミチルは、王・シャルルに監禁され、一年もの眠りを余儀なくされたうえ、犯人としても疑われることになります。
なぜ、島は一夜にして海になったのか。
殺人事件の犯人は誰か。
犯人はなぜ、首を持ち去ったのか。
なぜ、島は常に南を向くように回転しているのか。
様々な謎が去来し、ミチル自身の過去とも絡まり、誰も予想できない答えへと読者は導かれていきます。
人間の尊厳はどこに宿るか
ミチルとロイディの関係は一筋縄では説明できません。
まず、ミチルの身体は過去に目の前で殺された恋人・クジ・アキラのものであり、ミチル自身の脳はロイディの中にあって、アキラの身体を操る形で生きています。
これにより、ミチルとロイディは常に近くにいる必要があります。
シャルルに監禁された後、ミチルが一年もの間眠り続けたのも、ロイディと引き離されていたせいでした。
このように、ミチルの人間としての在り方は非常に不安定です。
自己認識はミチルですが、活動する身体はアキラのものです。身体には何も宿っておらず、ロイディに搭載したミチルの頭脳がアキラの身体をコントロールしています。
ミチルはこのような自身の在り方について、常に懐疑的です。
恋人の死と自分の在り方から、人生に諦観し、何にも期待せず、生に執着しないミチルの生き方は、外から見ると危うく、反面吸い寄せられるような魅力があります。
ミチルは、"人間も機械"、"人間も人形のようなもの”というような発言をたびたび発します。
生きているのは、ミチルなのかアキラなのか。ミチルは人間といえるのか。
人間の尊厳はどこに宿るのか、前作からの問いが、美しい女王・メグツシュカとミチルの会話により再び繰り返されます。
自分は人間ではないというミチルをメグツシュカは優しく慰撫します。
「よろしい」彼女は手を伸ばし、僕の手を取った。「良いですか? 私があなたに言えることは、ただ一つ」メグツシュカは僕に顔を近づける。「人間としての誇りを持ちなさい、ミチル」
メグツシュカの優しい笑顔を見て、僕の目から、何故か、涙が流れ始めた。
どうしてなのかわからない。
何だろう、この暖かさは。
不思議だった。
存在の根源に関わるような、そんな暖かさ。
僕という人間の、一番大事なものが、
彼女によって明らかにされたような。
そんな暖かさだった。
「生きていくのですよ」彼女は言った。「ミチル」
僕は微笑んだ。
「大丈夫です」
人間としての尊厳を持てと励ます女王の言葉は、機械と人間の間を行き来するミチルの魂を通り越して、私たちの魂にまで届くようです。
今回ご紹介した本はこちら
既刊『女王の百年密室 GOD SAVE THE QUEEN 』
次刊行『赤目姫の潮解 LADY SCARLET EYES AND HER DELIQUESCENCE』