『マカン・マラン - 二十三時の夜食カフェ』古内一絵 | 【感想・ネタバレなし】マカン・マランシリーズ第1作。ドラッグクイーンのつくる優しい料理が心に美味しい
今回ご紹介するのは、 古内 一絵『マカン・マラン - 二十三時の夜食カフェ』です。
マカン・マランはインドネシア語で「夜食」の意味。
ドラッグ・クイーンのシャールさんが営む夜食カフェと、そこに訪れる人々を描いた連作短編集です。
シャールさんのつくるマクロビオティックに基づいた身体に優しい料理が、疲れ傷ついた人々に小さな温もりを与えていきます。
読み終わったとき、何も解決していなけど何だかすこしだけ光を分けて貰ったような気分になる物語です。
それでは、あらすじと感想を書いていきます。
あらすじ
早期退職を迫られるキャリアウーマン、突然手料理を食べなくなった男子中学生、仕事と夢の狭間で悩む女性ライター。
彼女のつくる料理は疲れ切った人々の心と身体に沁み込んでいく。
おすすめポイント
食べ物がメインの物語が好きな方、ハッピーエンドが好きな方におすすめです。
仕事や生活に少しだけ疲れている方におすすめです。
誰しもに訪れる試練
《マカン・マラン》に訪れる人々はそれぞれが異なる悩みを抱えています。
興味深いのは、その悩める人々は視点を変えれば、恵まれた羨ましい人に映ることです。
第1話「春のキャセロール」で登場する塔子は、無能な上司に手柄を横取りされ、若い部下に独身を貫いていることを揶揄される毎日を送っています。
そんなときに、会社から早期退職を勧められ、自分の将来に展望を持つことができなくなってしまいます。
仕事にも生活にも疲れ切り貧血で倒れたところをシャールさんに助けられ、《マカン・マラン》に出会います。
しかし、見方を変えれば、大手広告代理店に二十年以上務め、立派なキャリアを持つ有能な女性です。多くの仕事をこなし、会社からも重宝されています。
第3話「世界で一番女王なサラダ」に登場する下請けライターのさくらやその友人で派遣社員の瑠奈と比べると、華々しい経歴の持ち主と言えるでしょう。
私も全くキャリアを持たない身の上なので、塔子の悩みが随分贅沢な悩みだとイラっとした瞬間もありました。
でも、比べることなどナンセンスです。
塔子には塔子の、さくらにはさくらの、そして瑠奈には瑠奈の痛みと苦しみがあります。
《マカン・マラン》は、人の悩みを「贅沢な悩みだ」などと一蹴したりしません。
どんな人にも訪れる試練を優しく受け入れてくれます。
こんな店に一度行ってみたいです。
ごく個人的な奇跡
第2話「金のお米パン」では、突然手料理を食べなくなった男子中学生が登場します。
彼の悩みは青臭く、大人から見れば愚かしい行為です。
そして、シャールさんの分け与えた食べ物が彼の悩みを真に解決してくれるわけではありません。
残酷な事実ですが、悩みが食べ物で解決することはほとんどないのです。
多くの物事は大きく込み入っていて、個人の手ではどうすることもできません。
だから、本書で描かれるのは、人生の苦痛が食べ物で鮮やかに解決する物語ではなく、ほんの少しのきっかけがもたらす、ごく個人的な奇跡です。
分け与えられた優しさから何を受け取り何を為すのか、それは個人に委ねられます。
必ず人は自分で立ち直れる。人を芯から信じる強さがこの一連の物語の根底に流れていると言えるのではないでしょうか。
吉本ばなな『キッチン』のえり子さん
本書で夜食カフェ《マカン・マラン》を営むシャールさん、どこかで似た人に会ったことがある気がする……とずっと思っていたのですが、ようやく思い出しました。
吉本ばななのデビュー作『キッチン』に登場する”えり子さん”を思い出させるのです。
それはトランスジェンダーだからということではなく、苦しい現実を背負う人だけが持つ優しさが2人を重ねるのだと思います。
シャールさんは、どんな人が店に訪れても拒みません。
しつこい地上げ屋にさえ、自分の優しい料理を分け与えます。
そこに傷ついている人や、お腹の空いている人がいれば、必ず、美味しいご飯を食べさせる。
「それが、シャールさんなのよ」
対してえり子さんも、祖母を亡くして自分の家に転がりこんできた主人公を何も言わず受け入れてくれます。
「よくね、こういうこと言って本当はちがうこと考えてる人たくさんいるけど、本当に好きなだけここにいてね」(『キッチン』)
シャールさんもえり子さんも、建前抜きでただ場所や食事を分け与えてくれます。
ただそれだけのことが、どれだけ沢山の人を救うか……。
そんな風に振る舞えるのは、二人とも大きな喪失や厳しい現実を超えて生きてきたからです。
私も《マカン・マラン》に行ってみたい、その想いと同じくらい、シャールさんやえり子さんのように、何かを分け与えてあげられる人間になりたいと強く思いました。
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