『月のぶどう』寺地はるな | 【感想】凸凹な姉弟が営む心温まるワイナリーの物語
今日読んだのは、、寺地はるな『月のぶどう』です。
食べ物が出てくる話が好きです。
映画も「かもめ食堂」や「リトル・フォレスト」などが好きで、本書も映画「しあわせのパン」みたいな感じかな~、と 思い読み始めました。
が、予想以上に人間描写が克明で、血だらけになってしまいました。
もちろん、この美しくも心温まる物語に勝手に血だらけになる人間は私だけです。
では、あらすじと感想を書いていきます。
あらすじ
おすすめポイント
姉弟がお互いに無い部分を補い合いながら、母がいなくなった後の穴を埋めようと努力する様は、心打たれます。喪失と再生の物語、という言葉に弱い人におすすめです。
登場人物
天瀬歩(あませあゆみ)
主人公。天野ワイナリーの息子。何事も不器用なたちで、出来の良い双子の姉・光実と比較されながら育つ。酒に弱い。
天瀬光実(あませみつみ)
歩の双子の姉。ワイナリーを継ぐことに幼い頃から情熱を燃やす。頑固な所がある。母の死後、歩にワイナリーを手伝うよう頼む。
日野さん
天瀬ワイナリーの醸造長。覇気の無い歩がワイナリーで働くことを内心よく思っていない。
森園くん
天瀬ワイナリーでアルバイトする青年。歩に嫌がらせをする。
天瀬美香枝(あませみかえ)
歩と光実の母。生前、ワイナリーの経営に手腕を奮っていた。故人。
ワイナリーのお仕事
これ一冊でいっぱしのワイン評論家になった気がするほど、''ちゃんと''ワイナリーの仕事が描かれているお仕事本でもありました。
ワインの澱を卵白で濾す作業があるのですが、あ~、だから向こう(フランスとか)では卵黄を使ったお菓子が多いのね、と納得してしまいました。
また、ワイナリーというとお洒落な語感ですが、農家であることに違いなく、天候に左右される様や、きつい重労働がきちんと描かれる様は、ともすると単なる歩の成長物語に終わりそうな本書の背景に厚みをもたらしていると感じました。
特に、わかる人にわかればいい、と頑固な光実と日野さんに対し、それは作り手がいって良い言葉なのか?、と歩が核心を突く場面ではハッとさせられます。
確かに、わかる人にわかればいい、と頑なな態度は、その創るものが、ワインであっても本であっても歌であっても、何故か受け手にはわかるものです。
余談ですが、ワイナリーの作業のシーンは、川原泉の『美貌の果実』を思い出しました。
こちらも、ワイナリーの仕事が細やかに書かれた傑作短編漫画です。
うーん、ワイン飲みたい。
心に刺さりまくる''ダメな''人間たち
多分感動的で良い本なんだろうけれど、自分には刺さりすぎて痛い、苦手、という小説が誰でもあるものだと思うのですが、本書『月のぶどう』は私にとってそういう本でした。
一見、26歳にもなって叔母さんのカフェでアルバイトしてる歩が、ダメな人間代表のように思えるのですが、実は、登場人物全員''ダメ''な人間です。
歩の双子の姉・光実は、頑固で母親のやって来たことを鵜呑みにし、一人でなんでもしようとするうえ、人に弱みを見せられない、という欠点があります。
日野さんは、歩をやる気がない、と一方的に決めつけ指導しようとせず、一方で光実に対しても子ども扱いで技術を伝授しようという意識は低めです。
バイトの森園くんは意味不明な嫌がらせをするし、祖父は婿である父のことをどこか軽んじているし、叔母さんは歩を可愛がっているようで、姉へのコンプレックスの解消に使っているし、ワイナリーを舞台にしたほのぼのした物語なのに、読み始め数ページで血だらけになりました。
でも、このお話に傷つく、ということは、私が人の嫌な所・欠点だけを見る人間だからだなあ、と実感します。
というのは、歩は細かい気遣いに長け、光実は責任感が強く、日野さんは情熱家、とちゃんとそれぞれ善いところが描かれているからです。
というか、善いところの方が全然多く書かれていますので、誤解しないでください!
このお話は、欠点もあるけれど根本的には善良な人たちが、すったもんだしながらワインをつくる、という基本的には成長物語であり家族の物語なのです。
きっと、この本を読んだほぼ全ての人は、心が温まるような読後感を味わえる、と思います。
ほんと、私もそうありたかった、そういう人間でいたかった!、と心臓が割れるような気持ちです、今。
わざわざ、人の嫌なところを凝視して、そこだけで人を評価して、後でどんなに優しくしてもらっても心を開けない、一度ぶたれた犬が二度と手を舐めないような、そんな人間なんです私は!
本当は私も、歩と光実の父のような人間でありたかった。
「ぜんぶ理解できんでもええんや。親族とはいえ、他人なんやから。共感もするな。共感なんてものは、なんの役にも立たん」
ただお前は、誰にでもいろいろある、ということを理解するだけでええと思う。それが他人を尊重する、ということや。そんなふうに父は言ったのだった。
と、心は叫ぶのですが、残念ながら、私は欠点だらけの人間なうえに自分を変えることもままならないので、登場人物たちが幸せに光実の結婚式に集うクライマックスシーンで、なぜか置いていかれた子供のような寂しさに取り残されてしまいました。
誰か一人でも、私と一緒に最後までイヤな奴でいてほしかった。
だから、たぶん森園くんは私の友達です。
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『ルビンの壺が割れた』宿野かほる | 【感想・ネタバレなし】何気ないフェイスブックでの会話が衝撃のラストをもたらす
Facebook上のやり取りだけで進む小説、というところが宮本輝『錦繍』を思い出しますが、こちらはそんな美しい話ではありませんでした。
そもそも手紙と違い、SNSのやり取り(しかも長文)、というのはどこか不穏な空気がするものですよね。
手紙は長文のほうが信用できる気がするけど、SNSは短文のほうが信用できる気がする、というのは私の偏見ですが、本書は、SNSのそういったなんとなくいや~な感じを上手く出していて凄いなと思いました。
では、あらすじと感想を書いていきます。
あらすじ
Facebookに投稿された1件のメッセージ。かつての恋人同士はFacebook上で偶然出会い、やりとりを始める。同じ大学の演劇部だったときのこと、結婚式のこと、ぎこちないやりとりはやがて変容し、ルビンの壺のように違った一面を見せはじめる。
おすすめポイント
Facebook上の2人のやり取りだけで進む、というスタイルが見所です。
2人の関係が会話から徐々に明らかになっていく、というスリルが楽しめます。
結構短いのでさくっと読むのにもおすすめです。
男のメッセージの気持ち悪さ
結城美帆子様
ー突然のメッセージで驚かれたことと思います。
この一文から本書ははじまります。
メッセージの送り主は水谷一馬(みずたにかずま)。
この後、送り先の美帆子からの返信は無く、3通目のメッセージでようやく返信が来ます。
また、かつて、水谷と美帆子は婚約関係にあり、結婚式の当日に美帆子が逃げたことで結婚には至らなかったことが明かされます。
しばらくは、大学時代の演劇部での話など、ぎこちないながらも、一見他愛無いやり取りをする2人ですが、どこかぬぐいきれない気持ちの悪さが付きまといます。
不気味さの原因の多くは、水谷が送るメッセージにあります。
・なぜか3通目のメッセージの前に水谷は新しいアカウントに作成し直していること
・何度も結婚後の苗字や住所を聞きたがること
・(笑)をやたら使うこと(私の偏見です)
・思い出話のなかで、過去の自分をやたらと好人物に書くこと
・美帆子に比べ、メッセージが長いこと(私の偏見です)
水谷のメッセージは、所謂ロミオメールのようで、30年近くたった今でも美帆子に執着があることが、ぷんぷんしています。
一体2人の過去には何があったのか、と読み進めていくうち、あっと驚くラストに辿りつきます。
気持ち悪いといえば気持ちの悪い読後感なのですが、その一方でざまあみろ!という気分にもさせてくれます。
しかし、ラストが分かった状態でもう一度最初から読むと、水谷という男が最高に気持ち悪く怖いです。
最初は返信不要みたいなことを書いておいて、返信が来るまでしつこくメッセージを贈ったり、写真を引き伸ばして本人が映ってるか調べたり、投降した絵をプリントアウトして部屋に飾っていると言ったり、もうきもすぎる。
私も、ラストの言葉を叫びたくなりました。
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『ブラック・ベルベット』神原恵弥シリーズ第3作目 恩田陸 | 【感想・ネタバレなし】増殖する謎と巧みな伏線回収が魅せる巧みなストーリー
本書は凄腕のウイルスハンター・神原恵弥(かんばらめぐみ)が活躍する一連のシリーズの第3作目『ブラック・ベルベット』です。
イケメンで切れ者で女言葉でずけずけしゃべる、という主人公の強烈なキャラクターと、それに負けない骨太なストーリーに魅せられたファンは多いのではないでしょうか。
また雑誌『小説推理』では、シリーズの続編となる『傾斜のマリア』が連載中とのことで、こちらも早く本になってほしいですね。
本書『ブラック・ベルベット』の舞台はT共和国、おそらく1作目『MAZE』の舞台と同じくトルコがモデルと思われます。
荒野が舞台であった『MAZE』とは対照的に、市街地・観光地を巡る物語となっています。
また、これまで登場した恵弥の同級生・満や、チラチラ名前だけは出ていた恵弥の元カレ・橘くんも登場するなど、これまで読んできたファンには嬉しい1冊でした。
では、あらすじ、感想など書いていきたいと思います。
あらすじ
おすすめポイント
これまでのシリーズで登場した人物(満・多田・慶子・橘・和見)が登場するシリーズのファンには嬉しい一冊です。
数々の謎が積み重なり、一つの真相に着地する巧みなストーリーが楽しめます。
シリーズのファンでなくてもこの一冊だけで十分楽しめるようになっています。
登場人物
主人公:神原恵弥(かんばらめぐみ)
外資系製薬会社に勤める凄腕のウイルスハンター。
精悍・端正な見た目ながら女言葉で話す。
見たものを写真のように記憶する映像記憶能力、地図を3Dに変換して記憶する能力を持つ。
時枝満(ときえだみつる)
恵弥の高校時代の友人。T共和国で焼き鳥屋を何店舗か経営している。ぬいぐるみのような警戒心を削ぐ見た目で、意外に広い人脈を持つ。
多田直樹(ただなおき)
国立感染症研究所の研究員。恵弥にT共和国で失踪した女性研究者の捜索を依頼する。
若槻恵子(わかつきけいこ)
多田のいとこ
神原和見(かんばらかずみ)
恵弥の双子の妹。弁護士。
恵弥の元カレ・橘くんがついに登場!
女言葉ではあるものの性自認は男性、性指向はバイセクシュアルの恵弥の過去の恋人・橘については前作『クレオパトラの夢』で名前だけ登場していました。
(和見が高校時代の橘を指して)
「あの子、時々うちの前に来て、じっとあたしたちの部屋の窓を見てた。香折たちはあたし目当てだと思ってたらしいけど、ああいうのって自分が相手かどうか、直感で分かるもんだよね」
「恐ろしや、妹の直感」(『クレオパトラの夢』)
橘は大手ゼネコンに就職後結婚するも3年ほどで離婚したとのことで、恵弥との再会にドキドキしたファンも多かったのではないでしょうか。
しかし、久しぶりに会う橘の表情に恵弥は「澱のような濁った何かと、底知れぬ淵のような闇」を感じます。
橘の抱えた秘密は何なのか、というのも本作の謎の一つです。
シリーズの癒し担当・満の再登場
個性の強い登場人物が多い本シリーズですが、私は数少ない癒し系である時枝満が一番好きなのですが、1作目『MAZE』で料理上手な一面を披露した彼は、今では焼き鳥屋を複数経営する経営者となっています。
そのうえ、恵弥の現地でのナビゲーターを務めながら、意外な人脈の広さを発揮したりもします。
うーん、やはり切れ者だったか。
熊のぬいぐるみのような見た目で中身は切れ者、そのギャップが魅力ですよね。
今後もぜひ活躍してほしいキャラクターです。ついでにいつか和見と結婚してほしいです。
増殖する謎・謎・謎
あまりキャラクターのことばかり書いていると、キャラ小説みたいですが、もちろん本書の魅力は、散らばる謎とそれを見事に回収する巧みなストーリーにあります。
1作目『MAZE』2作目『クレオパトラの夢』で描かれた謎がシンプルに思えるほど、本作は幾つもの謎に包まれています。
・夢のような鎮痛剤『D・F』
・「アンタレス」と呼ばれる謎の人物
・黒い苔に覆われた死体、という不可解な噂
・失踪した女性研究者アキコ・スタンバーグ
・アキコ・スタンバーグが生前訪れたという老舗企業団体・オリベラ協会
・時折、暗い表情を覗かせる橘の秘密
読んでいるうちに、え、何が謎だったんだっけ、誰が怪しいんだっけ、と翻弄されてしまいます。
滅茶苦茶に広がった謎が最後には綺麗に一点に収束していく、その巧みなストーリー展開はやはり恩田陸といったところでしょうか。
スッキリと気持ち良い読後感が味わえます。
蛇足ですが、本書に登場する創業100年以上の企業が加盟するオリベラ協会は、おそらくエノキアン協会がモデルかと思われます。
実際は創業100年ではなく200年が加盟の条件で、日本からは酒造の月桂冠や伊勢名物の株式会社赤福も加盟しているそうです。すごいですね。
今回ご紹介した本はこちら
神原恵弥シリーズの既刊
第1作目『MAZE』
第2作目『クレオパトラの夢』
『クレオパトラの夢』神原恵弥シリーズ第2作目 恩田陸 | 【感想・ネタバレなし】北の大地で繰り広げられる人間劇と秘められた禁忌とは
本書は女言葉のイケメン、神原恵弥(かんばらめぐみ)が活躍する一連のシリーズの第2作目となります。
北海道の函館市がモデルと思われる、北国のH市を舞台に、ウイルスハンターである恵弥が「クレオパトラ」と呼ばれる
また同時に本書は恵弥の家族トラブルを巡る話でもあります。
不倫に失敗しつつある双子の妹、和見を東京に連れ戻すこと、口うるさい姉たちに厳命され、恵弥は北の大地に降り立ちます。
前作『MAZE』では、どこか踏み込みがたいオーラを見せていた主人公・恵弥が、妹との関係に翻弄される人間臭い一面を見せます。
前作では、どちらかというと翻弄させる側であった恵弥が、''手強い女''に翻弄される姿にはくすりとさせられます。
では、あらすじ、感想など書いていきたいと思います。
あらすじ
おすすめポイント
主人公と周囲の人間とのヒリヒリするような対決が見所です。
特に手強い女性が2人登場します。強い女性が登場する話好きな方におすすめです
登場人物
主人公:神原恵弥(かんばらめぐみ)
外資系製薬会社に勤める凄腕のウイルスハンター。
精悍・端正な見た目ながら女言葉で話す。
見たものを写真のように記憶する映像記憶能力、地図を3Dに変換して記憶する能力を持つ。
神原和見(かんばらかずみ)
恵弥の双子の妹。弁護士。不倫相手を追いH市にやって来た。手強い女その1。
若槻慧(わかつきさとし)
研究者。和見の不倫相手。恵弥がH市を訪れる直前に死亡する。
「クレオパトラ」という謎の言葉を手帳に残す。
多田直樹(ただなおき)
若槻恵子(わかつきけいこ)
若槻慧の妻。手強い女その2。
クレオパトラとは何か
本書の核となる謎「クレオパトラ」。これのために恵弥はH市まで足を運び、尾行されたり、襲われかけたりします。
なぜ、「クレオパトラ」という言葉に、そこまで過剰反応するのか。
若槻慧が死んだ家に残されたH市の新旧の地図はどういう意味を持つのか。
若槻慧は本当に事故死だったのか。
終盤にかけてその謎は明らかになっていくのですが、そこに至るまでのハラハラドキドキと和やか(とも思える)シーンの繰り返しに、またも、恩田陸、翻弄させやがって~、という気分にさせられました。
目まぐるしく変化する人間関係
本書の魅力の一つは、目まぐるしく変化するにあると言えます。
恵弥と和見の関係一つとっても、気の置けない家族であったり、不倫に傷ついた妹とその兄であったり、腹を探り合う敵であったり、しかしやはり切っても切れない絆の深い兄妹であったり、と場面場面で変化していきます。
石畳の上に延びる市電のレールが、闇の奥に続いていた。うっすらと雪が積もった石畳の上に、くっきりと二本の線が浮かんでいる。
あたしたちはレールのようね、と恵弥は思った。
同じところから並んで出発して、いつも隣にいた。でも、一生交差することはないのよね。(p45)
また、本書は若槻慧という故人を巡る物語でもあります。その人物像も事実が一つずつ明らかになるごとに、変化していきます。
・妻に離婚してもらえない、研究一筋の不器用な男
・妻の家の財産を利用し、不倫相手の和見の職業も利用しようとする狡猾な男
・自分の研究に異常な情熱を燃やす男
・病気を抱え、不倫相手に安らぎを求めた男
恵弥と和見、和見と慶子、慶子と多田、そして若槻慧、登場人物らが違う一面を見せるごとに、読者は人間が如何に奥深い生き物か知り、その人物に対する親しみが湧いてきます。
恵弥と和見の関係も、若槻慧の人物像も答えは一つではない、どれもが正解であり、誤っている、なぜなら、一人の人間を完全に理解することなどできないのだから、と言われているような気がしました。
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神原恵弥シリーズの既刊と続刊
第1作目『MAZE』
第3作目『ブラック・ベルベット』
『MAZE』神原恵弥シリーズ第1作目 恩田陸 | 【感想・ネタバレなし】迷路に迷い込むように不可思議な土地に惑わされる
本書は神原恵弥シリーズと呼ばれる一連のシリーズの第1作目となります。
女言葉のイケメン、神原恵弥(かんばらめぐみ)が活躍する推理小説です。
主人公はじめ出てくる人物が切れ者ばかりで、読んでいてストレスのない小説、といえると思います。
小説でくらい愚鈍な奴とはおさらばしていたい、と思う私です。
ところで、実は3作目の『ブラック・ベルベット』から読んでしまい、読んでる途中にシリーズものと気づいて、本書を読み始めた、という経緯があります。
本や漫画を趣味にする人は、シリーズものを途中から読んで平気な人と、絶対1作目からしか読まない人、に分けられると思うのですが、私は完全に前者です。
漫画なんて3巻から読むことが多いくらいです。
だって、1巻はそうでもないけど、3巻からが面白くなる漫画って結構多くないですか?
3巻読んで面白ければ、1巻を読む、みたいな意地汚い読み方をしています。えへへ。
では、『MAZE』のあらすじ、感想など書いていきたいと思います。
あらすじ
おすすめポイント
''人が消える''というSFのような奇妙な謎に魅力を感じる方におすすめです。
また、主人公らのキャンプシーンで出てくる料理が美味しそうなのもおすすめポイントです。
主人公のキャラが濃いめですが、話の骨格がしっかりしているので、キャラ小説苦手、という人でも楽しめると思います。
登場人物
主人公:神原恵弥(かんばらめぐみ)
外資系製薬会社に勤める凄腕のウイルスハンター。
精悍・端正な見た目ながら女言葉で話す。
見たものを写真のように記憶する映像記憶能力、地図を3Dに変換して記憶する能力を持つ。
時枝満(ときえだみつる)
恵弥の高校時代の同級生。小太り。料理が得意でプロとして働いていたこともある。
ぬいぐるみのような警戒心を削ぐ見た目だが肝は太い。
人から相談を受けることが多い、らしい。
スコット
多分、米国軍人。穏やかな人格者。
セリム
50代くらいのインテリ風な現地人。
ぐいぐい引きまれ翻弄される物語
イケメンなのに女言葉で話す主人公、しかも外資系に勤める超エリート
料理が得意な家庭的な男、ほのぼの系かと思いきや以外に頭が切れる主人公の友人
この設定だけで、かなりお腹いっぱいですが、本書はキャラクター小説ではありません。そこはさすが恩田陸、魅力的な謎を提示してくれます。
時枝満は高校の同級生だった神原恵弥にある不思議な土地へと連れていかれます。
その土地は『存在しない場所』『有り得ぬ場所』と呼ばれ、深い谷を越えた先にある荒野で滅多に人の出入りがない場所でした。
その荒野の真ん中には灰色の植物に覆われた丘が立ち、その上には四角い箱のような不可思議な建築物が建っています(恵弥らはその建物をトーフと呼んでいます)。
トーフには、出入口が一ヵ所あり、そこから入った人間が何人も消えているというのです。
恵弥が満をその場所に連れてきたのは、7日間で過去のデータから、人間が消えるルールを見つけだすためでした。
「信じられない。こんな馬鹿げた、浮世離れしたことを本気でやる連中がいるなんて」
満は半分あきれ、半分恐怖を覚えながら首を左右に振った。
「いるのよ、ここに。じゃあ、正式に要請しましょう。あんたは、この人里離れた山奥の聖地で、安楽椅子探偵をやるために呼ばれたの。これでよろしいかしら」(p67)
魅力的な登場人物に、魅力的な謎から序盤からぐいぐい引き込まれていきます。
物語は満の視点から展開していきますが、どうやら恵弥・スコット・セリムはそれぞれの思惑があるようで、時折。緊張感のある会話が交わされます。
満の料理に舌鼓を打つキャンプのようなほのぼのしたシーン、謎を巡るピリッとしたシーンが交互に展開され、登場人物の少なさもあいまって、なんだか密室劇のような様相を呈しだします。
また、ホラーも手掛ける恩田陸らしく、終盤に向けて、ぞくっと背筋が凍るようなシーンが繰り広げられます。
このホラーシーンととあっけらかんとした真相の落差に、さすが恩田陸、翻弄させやがって~、という気分になりました。
今回ご紹介した本はこちら
神原恵弥シリーズの続刊
実は本シリーズは、『MAZE』だけ読むとちょっと物足りないかなあ、とも思いました。でも、シリーズ通して、じわじわ主人公神原恵弥の虜になっていきました。もし『MAZE』を呼んだと続刊を読んでいない方は、ぜひ読むことをお勧めします。
第2作目『クレオパトラの夢』
第3作目『ブラック・ベルベット』
『ニムロッド』上田岳弘 | 【感想】 仮想通貨採掘を背景に描かれる虚無的な人間関係
今日読んだのは、、上田岳弘の第160回芥川龍之介賞受賞作『ニムロッド』です。
文庫版の端正な装丁に惹かれ購入しました。
仮想通貨のマイニング、外資系に勤めるトラウマ深き恋人、鬱病の同僚、と現代的なシチュエーションが次々並べられる、乾いていて、どこか虚無的な小説でした。
それでは、あらすじと感想を書いていきます。
あらすじ
おすすめポイント
都会的でドライな人間関係の小説を読みたい方におすすめです。
仮想通貨採掘という新しい分野が文学に如何に取り入れられているか興味がある方におすすめです。
シンプルな登場人物
この小説の主人公は以下の通り。
・主人公である僕・中本哲史
・僕の恋人・田久保紀子
・僕の同僚・ニムロッドこと荷室仁
この3人しかストーリー内で語られず、非常にシンプルな構造と言えます。
登場人物のドライな関係性
私が特にこの小説を気にったのは、この主要メンバー3人の何とも言えない虚無的な個性と関係です。
まず、主人公は、上司から仮想通貨のマイニングを命じられるのですが、方法を淡々と調べ、黙々とマイニング作業を行います。また、極端にモノを知らない所があり、カートコバーンやサリンジャーを知らず、その都度スマホでしゃしゃっと調べます。
別に自分が知っていなくても、ネットに載っていて誰かが知っていればいいじゃん、という態度です。
まあ、そういう人結構いますけど、カートコバーンやニルヴァーナ、サリンジャーを知らないのは、ちょっと極端な気もします。
そんな中身の無い主人公が仮想通貨の採掘という実態の無い作業を行う、という構図からして、誰が何をやっても同じ、みたいな虚しさを感じさせます。
また、小説家への夢破れ鬱病にある同僚、ニムロッドこと荷室仁は、主人公の連絡先へ脈絡なく、「小説の断片のようなもの」と「駄目な飛行機コレクション」という文章を投下していきます。
どうやら、''駄目な飛行機''に''駄目な人間(自分)''をだぶらせるという面倒なこと考えているのか、正直こんな同僚不気味でイヤですよね……。
さて、主人公は、深いトラウマを抱えた恋人・田久保紀子を癒すわけでもなく、小説家への夢破れ鬱病にある同僚、ニムロッドこと荷室仁をフォローするわけでもなく、二人のトラウマと挫折の間でただ立っているだけです。
この僕・中本哲史というのが、あまりに没個性的で、こいつこそ、誰とでも取り換え可能な人間なんじゃないか、思ってしまいます。
この小説の飛ぶ先とは
そして、次第に仮想通貨のマイニングは下火となり、恋人と荷室仁は謎の言葉を残して、主人公のもとを去っていきます。
takubon:プロジェクト完了。疲れたので東方洋上に去ります。(p144)
だから僕は、ただ一人塔の上に残った今、この最後の時、駄目な飛行機に乗って、太陽を目指すことにしたんだ。(p150)
それ以降連絡の取れなくなった恋人と同僚はどこへ向かったのか。
一体この小説は何なのか。何の意味も無いのか。荷室仁は主人公に最後、次のように言い残します。
サリンジャーだよ。
ただごろりと文章があるんだ。意味なんて知らない。展望があるかどうかも知らない。僕は駄目な人間だから。そんなことは考えない。僕と同じ駄目な人間が皆そうであるように、この文章はただ、ごろりとここにあるだけなんだ。(p150)
この小説も、ただごろりとここにあるだけなのかもしれません。
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『Ank : a mirroring ape』佐藤究 | 【感想・ネタバレなし】私たちはいつから鏡のなかに自分を見るようになったのか
今日読んだのは、、佐藤究『ank:a mirroring ape』です。
血と暴力の風匂う最新作、『テスカトリポカ』が話題をさらっている著者ですが、こちらも負けず劣らず嚙み応えのある物語です。
神話性や魔術性を感じさせる重厚な文章は、『13』『沈黙/アビシニアン』などの初期の古川日出男を彷彿させますね。
さて、それではあらすじと感想を書いていきます。
あらすじ
おすすめポイント
ヒトとチンパンジー、その他の霊長類は何が違うのか、ということに興味を持つ方はおすすめです。またハリウッド映画みたいな骨太のエンタメ小説を読みたい人にもおすすめです。
人類の来歴の神話
本書は現代の京都を舞台としながら、どこか、神話的なオーラを立ち上らせます。
進化の過程で他の種族と切り離され孤独な種族となったヒト、その来歴を紐解く壮大な神話が本書では語られます。
ー
人類 とは何かーそれを調べるには、地上にいた古人類が
なぜかすべて死に絶えている以上 、DNAの遺伝情報がわれわれにもっとも近い類人猿を研究するほかかないー (p164)
鏡に宿る神秘と言語
2026年、霊長類研究者の鈴木望が京都に新たな霊長類研究所KMWPセンターを設立することから、物語ははじまります。
鈴木はKMWPセンターにおいて、チンパンジーの能力を図る研究の裏で、自分のある仮説を検証しようと目論んでいました。
それは、ヒトをヒトたらしめるもの「言語」の誕生と「鏡」にまつわる、ある仮説でした。
しかし、ある晩、京都を地震が襲い、研究所から逃げ出した一匹の雄のチンパンジー・アンクが凄惨な事件を引き起こします。
地震によりパニックに陥ったアンクが放った吠え声、
アンクは
なぜ、アンクの
鈴木はアンクを追いながら、自分の仮説を推し進め、ある恐るべき真実に辿りつきます。
ハードコアで魅力的な登場人物
本書では以下の3人の中心人間が描かれます。
この3人は暴動の中、理性を保つことのできたので、協力してアンクを追うことになります。
また、3人はその生い立ちにおいて、鏡・鏡像に強い関りを持っていることが示されます。
・鈴木望:主人公、幼少期父親に虐待される自分を鏡で見ていた
・ケイティ・メレンデス:ライター、鏡文字のタトゥーを入れている
・シャガ:京都の小学生、左右障害で鏡像の認識がない
アンクの
この個性的で行動力に優れた3人のキャラクターが、本書の魅力の一つになっています。
霊長類学者である鈴木は、チンパンジーの生態に精通した優れた研究者であり、ケイティは過去にトラウマを乗り越えた経験を持つタフな女性ライター、シャガはパルクールの達人かる精神的にもタフな小学生ながら頼れる存在です。
特にシャガは後半にしか登場ないキャラクターがですが、暴動の中、パルクールでチンパンジーと互角に追いかけっこするなど、その運動能力とタフさには目を見張ります。
鏡の恐怖ー自己鏡像認識
さて、先に述べた疑問、
なぜ、アンクの
この答えに辿りつくためには、「自己鏡像認識」という言葉が重要なキーワードとなります。
これは、鏡を見て自分だと分かる、という能力のことだそうです。
もちろんヒトはこの能力を持っています。
また、大型類人猿のうち、チンパンジー・ゴリラ・ボノボはこの能力を持ちますが、オラウータンは持ちません。
この大型類人猿と自己鏡像認識、DNAの塩基配列の関係が本書の衝撃の真相へと繋がっていくのです。
私たちが進化により、何を得て何を失ったのか。古代、失われた私たちの先祖は、鏡を見るときそこには何を見たのか。
本書は、私達読者を、古代の森から現生人類に至る長い長いDNAを旅へと導き、その深遠を覗かせます。
そして私たちは、DNAの深遠に潜む「鏡」の秘密に触れ、そこに映る自分自身に不意に恐怖することになるのです。
しばらくは、鏡が怖くなりそうです。
今回ご紹介した本はこちら