書にいたる病

活字中毒者の読書記録

『スウィングしなけりゃ意味がない』佐藤亜紀 | 【感想・ネタバレなし】どんな残酷な現実でも、スウィングするように自由に生きてやる。ナチ政権下のドイツを強かに生きる不良少年たちの輝かしい青春。

今回ご紹介するのは、佐藤亜紀スウィングしなけりゃ意味がない』です。

ナチ政権下のハンブルクで、敵性音楽のジャズに夢中になる少年たちの危うくも輝かしい青春と、何もかもを台無しにする戦争の滑稽さと狂気

あの狂気の時代にも、自分の感性と力をもって生きようとした若き命があったことが瑞々しく退廃的な文章と、登場するジャズのナンバーから伝わってきました。

それでは、あらすじと感想を書いていきます。

あらすじ

1940年、ナチ政権下のドイツ、ハンブルク
軍需会社経営者の父を持つブルジョワの少年・エディとその仲間たちは、金も暇もある青春を敵性音楽のジャズに費やしていた。
ゲシュタポの手入れがあってもへっちゃら、戦争に行く気はないし、兵役を逃れる方法はいくらでもある。
ゴキゲンな音楽とダンス、女の子とお酒があれば毎日ハッピー。
そんな享楽的な青春に、徐々に戦争の狂気が迫っていく。

おすすめポイント 

ナチ政権下のドイツを、敵性音楽のジャズに夢中になる不良少年の目で描くという、ちょっと変わった戦争小説です。

当時の権力の横暴さとその論理のくだらなさを、主人公の少年の冷静かつ皮肉な視線が暴いていく文章には、残酷な描写のなかにも、スカッとするものがあります。

なるべくネタバレしないようにしますが、気になる方はご注意ください。

輝かしい不良少年たち

ナチス・ドイツについて書かれた小説や映画は当たり前だけれど大抵暗い。

しかし、この小説に描かれている少年たちの青春の輝きは眩しいほどです。

主人公のエディとその仲間たちは、敵性音楽のジャズに夢中で、家のプールサイドでパンチ片手にパーティーするわ、ゲシュタポの手入れが入って殴られたりしても全然懲りないわ、ユーゲントの僚友長はリンチにかけるわ、親が大物なことをいいことにやりたい放題です。

エディは、ドイツ人ではあるものの、ナチなんて大嫌いで、その馬鹿げた理屈にもうんざりしています。

これがまたすさまじく馬鹿な話だ。我慢して聞いてほしい。誰がユダヤ人か、という難問を突き付けられて、法律家たちは博士たちの素晴らしく馬鹿げた主張をなんとか法律の形に収めようとした。もとが馬鹿話だったので、出てきた法律もまた馬鹿げていた。

こんな調子なので、学校でも不良少年扱い、何度も補導されますが、本人は全然凝りません。

しかし、理知的で頭の回転が速いところがあり、ユダヤ人との混血のマックスやその従兄弟たちを何かと世話をやいたり、ユーゲントのスパイのクーを巧妙に仲間に引き入れたり、その行動は如才なくクールです。

やがて、不良少年たちは、ジャズの海賊版をつくり闇で流通させるという、見つかれば一発アウトの商売に手を染め始めます。

権力や暴力にビビらず、自らの感性を信じ、”不良少年”であること貫く彼らの背中には、危うくも輝かしい青春の光が宿ります。

奪うものへの憎悪

そんな彼らの上にも、戦争の狂気が覆うときがやってきます。

エディは遂に逮捕され、キツイ強制労働と暴力にさらされます。

他の少年たちが暴力に屈し、次々志願していくなかで、エディは両足の指が壊死するほどの労働のなかにおいても、頑として志願しません。

そんじょそこらの不良少年ではなく、エディという少年のなかには、権力の横暴さ、自由を抑圧する”そいつら”への激しい憎悪が燃え盛っているのです。

お前、は別に女のことじゃない。アディのことでもエヴァのことでも高い口紅の子のことでもない。マックスの婆さんをしなせベーレンス兄弟をUボートさせたもの。アディをラーフェンスブリュック送りにし、ぼくをここにぶち込んだもの。あの溝を死んでいく人間に掘らせているもの。お前のことだけを考える。出ても入っても、娑婆でもムショでも、アルスター・パヴィヨンのテラスで踊っていてもベルゲドルフにぶち込まれていても、ぼくにはわかる、ぼくがいるのは牢獄だ。月の下でも太陽の下でも、兵隊になるなんてあり得ない。模範囚になって個室に蓄音機を持ち込んでも、雑居房で雑魚寝してても、囚人を順に殺していく狂った牢獄を祖国とか呼んで身を捧げる奴なんかいるか? お前、お前、お前から逃れるまで、ぼくはお前のことを考える。夜も昼も。

でも、釈放された後でも、”そいつら”はエディを解放したりしません。

父親の工場では、収容所の外国人が働かされ、SSの曹長は何かと暴力を振るうし、やがて街は焼かれ、人が大勢死に、人の死に皆が鈍感になっていく。

エディはそんななかでも、仲間たちとナイトクラブの経営に乗り出し、音楽をかけ続けます。

抑えつけ、縛りつけ、根こそぎ奪っていく”そいつら”に抗うかのように。

どんな状況でも、強かにスウィングするように生きる若者、焼け焦げた大地に流れる音楽、遠い輝かしい青春の光。

最後の一文には、魂が撃ち抜かれるような感動をおぼえました。

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