『海のふた』よしもとばなな | 【感想・ネタバレなし】全編を貫く夏の匂いとまばゆい光に目が眩む、夏が恋しくなる小説。
ふるさとの西伊豆にささやかなかき氷屋を開く「私」と心に傷を負った少女・はじめちゃんとの夏の日々を描いた爽やかな一夏の小説です。
私は、超インドア派にも関わらず、夏が一番好き!という珍しい人間なのですが、本書は、これから夏を迎える今読むのにピッタリでした!
名嘉睦稔の挿絵も生命力に満ち生々しく、海と夏の匂いを運んでくれます。
それでは、あらすじと感想を書いていきます。
あらすじ
おすすめポイント
夏に読むのにピッタリの小説です。
主人公の「私」のキャラクターが、力強く荒々しくてそこが魅力的です。
「まりちゃん」のようになりたい
本書で一番好きなシーンはこちら。
はじめちゃんがやってきた晩、公共浴場での場面で、
「まりちゃん」
はじめちゃんは、そのときはじめて私の名を呼んだ。恥じらいもなく、まるで昔から知っている人のような呼び方で。それは、多分はじめちゃんが心を開くことに決めた、記念すべき瞬間だった。
「なあに?」
「まりちゃん、はだかなのにがっと足を開いて、真っ黒で、漁師みたいに岩に座っていて、かっこいいです。」
「がさつだからね~。」
序盤のこの場面で、この「私」こと「まりちゃん」にスコーンと恋に落ちてしまいました。
生まれた西伊豆の街が好きで好きで、だから今のさびれてしまった故郷の姿が悲しくて、自分にできることやりたいことを考え抜いた結果、大好きなかき氷屋をやることに決めて、そのために真っ黒になってガンガン働いて……。
行動力があって、考え方がサッパリしていて、私がこうなりたい!と思う女性の姿そのものです。
現実の私は、臆病で神経質で(なのに無神経で)、ひょろひょろでなまっちろい人間なので、余計に物狂おしいくらい「まりちゃん」に憧れます。
夏の匂い
そんな海のような力強い魅力に溢れた「私」のもとにやってきたのが、心に傷を負った少女・はじめちゃんです。
全身に火傷の傷跡を背負い、可愛がってくれたおばあちゃんを亡くしたばかりのはじめちゃんは、背骨が浮き出るほど瘦せ細った痛々しい少女です。
「私」は、はじめちゃんの負った傷や、ちょっとお嬢様気質でわざままな部分を、少しだけ面倒くさいな~、と思いながらも、おおらかに受け入れていきます。
「この忙しい現代社会において、よく知りもしない人のために、自分の時間を全部あけておくなんて、恐ろしいことだ」という私の気持ちが間違っていて狭量でちっぽけなものだという気が、聞いているうちにどんどんしてきたのだ。
本当に、こういう考え方が好き。
一緒にかき氷屋をやったり、街を見てまわったり、夜の海に入って見たり、まるで小学生の夏休みのような生活。
全編に漂う夏の匂いに、ちょっと死にたいくらい夏が恋しくなります。
今の季節にぜひ、読んでほしい小説です。
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『パンダより恋が苦手な私たち』瀬那和章 | 【感想・ネタバレなし】恋愛に足りないのは野性? 恋も仕事もボロボロの編集者が挑む動物×恋愛コラム!
今日読んだのは、 瀬那和章『パンダより恋が苦手な私たち』です。
「動物奇想天外」と「生き物地球紀行」に夢中だった幼少期だったので、タイトルから思わず手に取ってしまいました。
ファッション誌志望だったのにカルチャー雑誌の編集にまわされ、いまいち仕事にノリきれないパッとしない編集者が、突然任された恋愛コラムのライティングにおたおたしながら、自分の夢と仕事に向き合っていく、というちょっと熱いお仕事小説です。
動物のちょっとしたミニ知識も取り入れられてお得感満載でした。
それでは、あらすじと感想を書いていきます。
あらすじ
仕事に恋に悩む女子が挑むドタバタライフ!
おすすめポイント
動物の豆知識が面白いです。
夢と現実の落差に悩む女性の姿が等身大で描かれていて共感できます。
夢と現実の落差に悩む人へ
本書はAmazonの紹介ではラブコメディーとなっているのですが、お仕事に踏ん張る女子の小説といったほうが実態に近いかな~と思います。
主人公の一葉のもともとの夢はモデル。しかし身長の伸びず父親譲りの大根足を受け継いだ一葉が早々に夢破れ、それならと、ファッション誌の編集者になるため厳しい就活戦線を勝ち抜き見事出版社に内定を貰います。
しかし、入社式において会社がファッション誌から撤退することを聞かされ卒倒。
その後3年間女性向けカルチャー誌「リラク」の編集者として、目の前の仕事を低水準でこなすだけの毎日を送っています。
そんな日々に、かつての神様・灰沢アリアの恋愛相談コラムの代筆をするという仕事が舞い込みます。
しかも同時期に、5年間付き合いそろそろ結婚を考えていた恋人に一方的に破局を告げられてしまいます。
仕事も恋もボロボロの一葉ですが、わがままなアリアに振り回されたり、変人動物学者・椎堂に呆れたりしながらも、一歩一歩前進していきます。
そして、当初は女王様気質で周囲を困らせてばかりのアリアにも、実は、秘められた苦しみと葛藤があることが分かってきます。
「こうありたい自分」と「現実の自分」が随分遠ざかっている者ですが。その距離に悩む多くの人がこの小説に共感できるのではないかな、と思います。
人間よ、もっとがんばれ!
そして、この小説のもう片方の主役はズバリ”動物たち”です。
本書には様々な動物の奇妙で素晴らしい「求愛行動」の数々が紹介されています。
そして、そこから思うことは、
人間はもっとがんばったほうがいい!、ということです。
動物たちの恋愛は、なわばりの広さや、狩りの上手さ、巣づくりの巧みさ、強さや健康さなど、求愛行動の基準がはっきりしていて明確です。
人間も、外見の良さや、経済力など、モテる理由は動物とさして変わらないのですが、その求愛行動の基準が曖昧なのです。
「動物たちの求愛行動はシンプルだ。気持ちを表現する手段も、パートナーを選ぶ基準も決まっている。選ぶ基準が個体ごとに変わったり、気分や年齢で変わったりしない。相手の気持ちを勝手に察したり、自分の気持ちに嘘をついたりもしない。気持ちを伝える手段もばらばらなら、相手を選ぶ基準もばらばら。そんな面倒くさい生き物は人間だけだ」
例えば、孔雀のオスは羽根の目玉が百三十個以上ないとメスから相手にされないという研究報告があるそうです。
目玉の数が少ないオスは繁殖相手を見つけられず諦めるしかありません。
動物の世界は明確故に残酷です。
でも、人間は違います。
経済力が無くても性格で伴侶を見つけられるパターンもありますし、性格が最悪でも経済力があれば、モテることもあります。
それ以外にも、家事ができる、気配りができる、お母さんに似てる、など様々な理由で選んでもらえるチャンスがあります。
場合によっては経済0家事0性格0の完全ヒモでも拾ってくれる奇特な人物もいたりします。
こうしてみると人間の恋愛は動物に比べ超イージーモード!
「相手の気持ちが分からな~い」なんてグダグダしょうもないことで悩むよりは、自分の持っている武器を手に、果敢に求愛行動に勤しんだほうが建設的だな、と思いました。
動物、面白い!
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『ロシア紅茶の謎』有栖川有栖 |【感想・ネタバレなし】国名シリーズ第1作品集。毒殺された作詞家のカップに毒を入れた驚くべきトリックとは
1994年刊行で、エラリー・クイーンにならった”国名シリーズ”の第1作品集にあたります。
時代は感じさせるものの、今読んでも粒ぞろいの作品で、本格ミステリ好きには素敵なお菓子箱のような作品集です。
それでは、各短編の感想を書いていきます。
あらすじ
おすすめポイント
王道の本格ミステリをお求めの方におすすめです。
暗号やダイイングメッセージものが好きな方におすすめです。
シリーズを通読していなくても楽しめます。
各短編の感想
動物園の暗号
動物園にして発見された他殺体が握りしめていた紙には奇妙な暗号が記されていた、という暗号好きにはたまらない作品です。
1994年刊行なので、火村先生の肩書が”助教授”なのも趣深いです。
暗号を解くことで、犯人は辿り着くのですが、読者にはぜひこの暗号にチャレンジしてほしいです。
分かる人には絶対分かると思います(私はさっぱりでした。)
屋根裏の散歩者
言わずと知れた江戸川乱歩へのオマージュですね。
クイーンの次は乱歩かよ!とちょっと突っ込んでしまいました。
店子の生活を屋根裏から覗き見していた大家が殺害され、発見された日記には何と世を騒がせている連続殺人事件の犯人について書かれていた、というお話です。
大家は店子を「大」や「ト」、「太」などのニックネームで書いており、このニックネームが誰を指しているかがポイントになります。
真相はちょっと、というか大分笑えるものでした。ぶふふ。
赤い稲妻
火村の教え子が目撃者となった事件で、”状況的な密室”とも言える作品です。
向かいのアパートから女性が落下、部屋にはもう一人誰かいたのを火村の教え子が目撃しているのですが、当の部屋にはチェーンがかかっていた、部屋にいた人物は誰でどこに行ったのか、という謎に火村が挑みます。
状況的に密室状態になった部屋から如何に人が脱出したか、という話で、とても短い短編なのですが、ロジックの冴えがこの作品集随一といっていいと思います。
ルーンの導き
ダイイングメッセージものです。
被害者は四つのルーンの石を握りしめていて、それが何を意味しているのか、が今作の謎になります。
真相は、ちょっと無理やりな気もしますが、オチが良いので良し!
ロシア紅茶の謎
作詞家がロシア紅茶を飲んだ直後に青酸カリ中毒で死亡。
犯人はどうやって彼のカップにだけ毒を入れることができたのか、と言う謎です。
そういえば、北山猛邦の「音野順の事件簿」にも数あるチョコレートの一つだけに毒を入れた事件がありました。
「音野順の事件簿」の事件も、本作品の真相も、偏に「犯人の度胸」にかかっているな、と思いました。
ここまでして皆が見ているなかで被害者を殺したいものなのでしょうか、人気のない場所でぐさっ、とかの方が楽なのでは、などと考えるのは野暮でしょう。
火村によってスルスル謎がほどけていくこの感じが気持ちいい短編です。
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『菩提樹荘の殺人』有栖川有栖 | 【感想・ネタバレなし】〈若さ〉がもたらす光と闇を書き分ける四つの短編。火村の学生時代のある事件も明かされる
2013年に刊行された「作家アリスシリーズ」の長編です
あとがきによると、
本書に収録した四編には、〈若さ〉という共通のモチーフがある。
探偵役の火村の学生時代や、有栖の高校生時代の思い出などが散りばめれていて、ファンとしては嬉しい要素満載です。
もちろん、本格推理小説としても、相変わらず冴えたロジックと著者の善良さが伺える物語性が楽しめます。
個人的には、このシリーズでは珍しい”人の死なないミステリ”である「探偵、青の時代」が好きです。
それでは、各短編の感想など書いていきます。
あらすじ
〈若さ〉がもたらす光と闇を書き分ける四つの短編。
おすすめポイント
王道の本格ミステリをお求めの方におすすめです。
作家アリスシリーズでは珍しい”人の死なないミステリ”が収録されています。
各短編の感想
アポロンのナイフ
17歳の男子高生が複数の人間を死傷させ逃亡、日本中が震撼するなか、有栖の住む大阪で女子高生と男子高生の死体が相次いで発見される、という筋書きです。
逃亡中の男子高生〈アポロン〉は未成年であることから、マスコミの自主規制により氏名や顔を伏せられており、それが市民の不安を一層煽っている状態です。
大阪で発見された女子高生と男子高生も〈アポロン〉の仕業なのか!?と思いきや、事件は意外な方向に進みはじめます。
少年犯罪において犯人ばかり守られているのでは、というのはよく聞くテーマですが、その問題を意外な視点から突いた秀作だと思います。
火村の推理によりあぶりだされた真相は、あまりに戯画的で悪意的でした。
後味悪いですが、メッセージ性が明らかで、この短編集のなかで二番目に好きです。
ただ、2021年ともなると、マスコミが匿名にしても、すぐにネットに晒されてしまうので、この話はもう成り立たないな~、イヤな時代になった、なんて思ったりもしました。
雛人形を笑え
目下売り出し中の漫才師〈雛人形〉の片割れが殺害される、という事件です。
この短編集のなかでは、あまり好きではない部類かもしれません。
推理自体も、そんな滑稽なものでいいの?、という感じでしたが、漫才師が絡む事件なだけに真相にも笑いの要素を入れたかったのかもしれません。
ただ、火村と有栖の漫才という貴重(?)なシーンがありこれは見逃せません。
プロにも、
「先生ら……漫才うまいやないですか」
探偵、青の時代
梅田でかつての同級生と再会した有栖が、学生時代の火村が関わったある事件について耳にする、というお話です。
”青の時代”なんてタイトルなので勝手に、絵の話かな?、と予想していたのですが、単純に探偵の青春時代ということのようでした。
学生時代の飲み会で、集まった面々がちょっとした悪戯心から皆でグルになって火村を試そうとするのですが、簡単に看破されたうえ、思わぬ真相さえ引きずりだされてしまう、というちょっと苦い青春の思い出の話です。
私は最近、海外ドラマ「エレメンタリー」にハマっていて、これは現代NYにホームズとワトソン(女性!)が生きていたら、という設定でとても面白いのですが、観察力、洞察力が鋭すぎるホームズは人のちょっとした嘘や秘密を簡単に見抜いてしまうので、極度に神経質かつ人間嫌いになってしまっています。
火村もホームズも、天性の”探偵”であるが故に理解者を得にくい、という名探偵の宿命を背負っています。
ちょっと苦い話なのですが、シリーズでは珍しい”人の死なないミステリ”である本作がこの短編集のなかで一番好きです!
菩提樹荘の殺人
〈若々しさ〉をウリにしていたタレント・桜沢友一郎が別荘「菩提樹荘」の池にて死体となって発見、死体からは衣服がはぎ取られていた、という事件です。
〈若さ〉をウリにしているのに、名前に儚さの象徴の”桜”が入っているのがなんとも皮肉です。
また、火村の年齢の取り方に対する考え方が興味深いです。
「老いなければ年齢を重ねた意味がない、ということやな? ー火村先生は相当、桜沢友一郎に反発しているなあ」
「価値観が違うと言っているだけさ、あの売れっ子の先生は、若々しくあることを自己目的化してしまっている。命なんてものは道具なのに」
「おお、ワイルドな表現やないか。いつか小説で使わせてもらうかもしれん」
本シリーズは、作中人物が年を取らないサザエさんシステムなので、この会話は何とも微妙な味わいがありました。
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『アムリタ』吉本ばなな | 【感想・ネタバレなし】生きることはおいしい水をごくごく飲むこと
何かのあとがきで、著者自身はこの作品をあまり気に入っていないというようなことを書いていた記憶があるのですが、私はすごく気に入りました。
母親が離婚したり、父親の違う弟がいたり、妹が自殺したり、階段から落ちて記憶喪失(?)になったりヘンテコな人生を送っている女性の話なのですが、色々悪いことが起こっているのに妙に呑気な感じの雰囲気が好きです。
不遜ながら、主人公の妹(激烈美人!)にすごく感情移入してしまいました。
それでは、あらすじと感想を書いていきます。
あらすじ
「私」は変化していく日々のなかで、”自分自身”を再び掴み取っていく。
今日という日の何もかもが一回しかなくて、そのすべては惜しみなくふりそそいでいることの愛おしさ。
溢れる水を飲むように、私たちは生きる。その奇跡を切り取った長編。
おすすめポイント
「キッチン」「N・P」などの初期の作品が好きな方におすすめです。
旅に出ているシーンが多いので、小説のなかで旅に出たい方にもおすすめです。
思い出に浸透していく力
本書は、読者の人生に水のように染み入って、その思い出を振り返らせてしまうような力がある、と思います。
まず、主人公・朔美の妹、真由に自分を重ねて読んでしまいました。
といっても私と違い真由は幼い頃から、鄙にも稀なる美貌の持ち主で、「営業用の笑顔を100種類以上持っていた」本物の芸能人です。
ただ、物語開始時点で、ノイローゼによって芸能界を引退、薬物とアルコール依存の末、自殺に等しい事故死をとげています。
このいたましい妹のどこに感情移入したかというと、姉である主人公が彼女を評して、
とにかく真由はそういうとき、あんまりにも景色がきれいだったりするとこわくなって、決して退屈してではなくて、「早く帰ろう、うちに帰ろう」っていう子だったの。
この感じ、すごくよく分かります!
目の前にあるものから良いことを連想できなくて、結論を急ぐあまり破滅に向かってしまうんですよね。
私の今の人生あまり前向きじゃないのは、こういう理由からなんだよなー、と感情移入……。
ついでに、朔美の友人のエピソードが、私自身の友人との思い出に重なってちょっと感傷的になったりもしました。
いつもすっぴんで手ぶらの彼女は、日本にいるといつも堅苦しそうだった。だから、外国に行くととたんにぴんぴんと水をはじく魚のようになった。私ともう一人は、そういう彼女を深く愛していた。
その友人と学生時代何回か海外旅行に行ったのですが、そのときの感じがまさにこういう感じでした。
日本では息苦しそうにしていて、外国に行くと「ぴんぴん」していた彼女を、私は深くちょっと哀しいくらい愛していました。
今、ちょっと連絡がつかなくなっているので、それが悲しいです。
本書のなかで折に触れて思い返してしまう文章があって、それは遠い旅空の下、今はもういない妹を悼む言葉なのですが、それがとても切なくて美しいのです。
誰か、今ここにいない人を思うとき、必ずこの文章を口ずさんでしまうくらい心のなかに残っている文章です。
もう、どこにもいないのだろうか。本当にどこにもいないのだろうか。真由。空がこんなに青くて影も濃くて、きちんと意識すると何もかもがおそろしくすごいのに、もうそういうことも感じられない真由。
ちょっと変わった家族の物語
本書はちょっと変わった家族の物語としての魅力もあります。
ひとつ屋根の下で暮らすのは、主人公の朔美、母親、父親の違う年の離れた弟、いとこの幹子、母親の幼なじみの純子さん。
”女の園”風でちょっと良い感じですよね。
朔美の死んだ父親はちょっとした小金持ちで、朔美はバーやパン屋でアルバイトしながら、のらくら生きている感じが超羨ましいです。
この家族には、妹の自殺や、母親の離婚など人生を暗い方向に引っ張っていってしまう力が働いているのですが、なぜかむしろあっけらかんとした雰囲気があって、それは朔美の母親が中心でただ「びかーっ!」と輝いているからなんです。
この”大いなる母”という重しがあるからこそ、弟がエスパーみたいな力に目覚めだしても、まあまあ落ち着いてやっていけちゃう感じがあるのだと思います。
ある程度人間ができていて、ある程度メンバーの秩序を保つことのできる人物(それは母だった)が中心にひとりいれば、同じ家に暮らしてゆく人はいつしかか家族になってゆく、そんな気がしはじめていた。
生きることは、
本書の印象的なセリフに、「生きることは、水をごくごく飲むようなこと」というものがあります。
二人の別の人間の口から発される言葉なのですが、先に書いたようになんでも決め急ぎがちな私のような人間は、肝に銘じなければいけないと思います。
「空が青いのも、指が5本あるのも、お父さんやお母さんがいたり、道端の知らない人に挨拶したり、それはおいしい水をごくごく飲むようなものなの。毎日、飲まないと生きていけないの。何もかもが、そうなの。」
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『スイス時計の謎』有栖川有栖 | 【感想・ネタバレなし】論理パズルのような悪魔的推理が暴露する青春時代に男たちが立てた熱い誓い
今日読んだのは、有栖川有栖『スイス時計の謎 (講談社文庫)』です。
所謂「作家アリスシリーズ」の短編集で、刊行は2003年です。
表題作となっている「スイス時計の謎」は、推理小説というより論理パズルのようで、詐欺師の騙されているのに反論できないような奇妙な感覚が味わえます。
また、いけすかないエリート気取りの集まりへの印象が、謎が解き明かされることで一転するという小説的面白さもあって、そこも好きです。
それでは、各章の感想など書いていきます。
あらすじ
2年に一度開かれれ、己の出世ぶりを誇示し合う「
おすすめポイント
王道の本格ミステリをお求めの方におすすめです。
表題作は、ロジックの楽しみを最大限生かしながら、謎を解くことで人への意外な希望が露見する秀作です。
シリーズを通読していなくてもちゃんと楽しめます。
各短編の感想
あるYの悲劇
タイトル通り、著者の大好きなエラリー・クイーン『Yの悲劇』が登場します。
ダイイングメッセージもので、殺害されたギタリストが最後に自分の血で「Y」を書いて遺したという話です。
ダイイングメッセージは、「そんなもん遺してる暇があったら犯人の名前を書くか、救急車呼べ」という無粋な声に押されて、近頃「これや!」というものに出会いにくくなっているように思うのですが、この短編は、「そういうことか! それやったらありそう」と上手く納得させてくれました。
また、人の名前に関する小ネタも仕込まれていて、これを知った時の著者のニヤニヤ顔が目に浮かぶようです。
女性彫刻家の首
一応、バラバラ殺人ということになるのでしょうか?
女性彫刻家が殺害され、その首が持ち去されたうえ、彫刻の首にすげかえられていた、というなかなかショッキングな事件です。
犯人は、不仲が噂される夫か、トラブルを抱えた隣人か、どちらかに絞られるのだ……という流れです。
こういう場合、「なぜ犯人は首を持ち去ったのか?」がポイントになるのですが、今回も「まあ、そうなったらそうなるわな」と見事納得させられました。
無神論者の火村らしいセリフ
天の裁きだって? 神の御手のなせる
業 か。勝手なことしてくれるじゃねえか。裁いていいと、誰がてめぇに言ったんだ」
が印象的 。
シャイロックの密室
シャイロックとはシェイクスピア『ヴェニスの商人』に登場する強欲な高利貸しのことなのですが、これについては近年ユダヤ人へのステレオタイプな偏見だと言われたり、逆に、キリスト教世界での虐げられた悲劇的な人物として解釈されたり、と色々物議をかもす人物像のようです。
ちなみに『ガラスの仮面』でも、この役柄に対する言及があったりしてそれも興味深いです。
さて、この短編自体は倒叙ミステリで、犯人の視点から一連の犯罪が語られます。
悪徳高利貸し・佐井六助(シャイロックそのままでちょっと笑ってしまいました)に、弟夫婦を自殺にまで追い込まれた犯人が、佐井を殺害、自殺に見せかけるためある方法で密室をつくります。
自殺に見せかける目的で、下手に密室をつくると破られたとき犯人がすぐバレる、の典型でした。うーん……。
また、犯人の側から火村と有栖を見るとちょっと新鮮な気持ちがします。
ラストの犯人の目から見た火村の眼差しが怖い……。
スイス時計の謎
待ってましたの表題作!
高校生時代「社会思想研究会」という排他的なグループをつくっていた6人の男の内の1人が、2年に一度の「
特徴的なのは、死体からメンバーの証である”スイス製の時計”がなくなっていたこと、社会思想研究会のメンバーが有栖川有栖の高校の同級生であったこと、です。
なぜ、犯人は時計を持ち去ったのか、までは簡単なのですが、そこからの、「あなたが犯人です」までのロジックの展開は、論理パズルめいていて非常に面白いです。
なんだか、どこかに穴があるような気もするのに、どうしてもその結論に至ってしまう、なんだか詐欺にあったかのような不思議な気持ちになります。
犯人はこの火村の論理の前に独白します。
「論理的です。……
悪魔的 なまでに」
また、登場する「社会思想研究会」のメンバーは、エリート意識を鼻にかけ、たまに集まっては己の出世ぶりを誇示しあう、という意識高い系の「うわあ……」な集団なのですが、謎が解き明かされていくうちに、メンバー内でのライバル意識や人生からの転落など、様々な側面が暴露されていきます。
そして、メンバーの一人が叫ぶ、青春時代に彼らが誓い合った”真の意味での貴族たらん”とする熱い誓いが、「エリート意識を鼻にかけた坊ちゃんたち」というイメージを覆します。
「われわれは富豪や名家の御曹司ですらないが、そんな奴らよりも誇り高かったんじゃないのか? 俺様は他の連中とは違うという驕りを根拠あるものにすべく自分を高めていこう、と誓いあったはずだろう!」
うーん、熱い!
そして、例の有栖の高校時代の初恋のトラウマについても、この短編で少し触れられています。救いのある話でよかったです。
今回ご紹介した本はこちら
の他のおすすめ作品
『狩人の悪夢』有栖川有栖 | 【感想・ネタバレなし】狩人とは一体誰だったのか。シリーズの愛読者には嬉しいサプライズが最後に待つ。
2017年に刊行された「作家アリスシリーズ」の長編です。
本シリーズは御手洗潔とは異なり、探偵の火村と有栖は年を取らないシステムなので、シリーズ初期では、携帯もなく、ワープロ(!)やフロッピーディスク(!)で仕事をしていた有栖も、2017年にはスマホを持ち、パソコンで仕事をしています。
このシステムは、登場人物の設定に色々障害はあるものの、その時々の時代が感じられて、結構好きです。
それでは、あらすじと感想を書いていきます。
あらすじ
招待を受けた有栖川と白布施の担当編集・江沢は京都・亀岡にある白布施の自宅「夢守荘」を訪れる。
しかし、その翌日、白布施の亡きアシスタントが使用していた隣家「獏ハウス」で右手首が切断された女性の他殺体が発見される。
有栖川は友人で犯罪学者の火村英生に助けを求めるが……。
おすすめポイント
シリーズの愛読者にとっては、嬉しいサプライズが最後に用意されています。
普段は温厚な有栖が犯人に対して感情的になる珍しい作品です。
34歳の名探偵と助手へ
「作家アリスシリーズ」にはじめて出会ったとき、私は高校生だったので、火村と有栖が随分”おじさん”に見えていたものでした。
こんなおっさん同士でもくだらん会話するんやな~、というのが初読時の感想でした。
しかし、じわじわ年が近づき、もう彼らを”おっさん”とは呼べない年齢に自分がなってしまったことに愕然とします。
というか、彼らが”おっさん”だとすると、自分が何と呼ばれるか怖くてたまりません!
そして、高校生のときから少しも変わっていない自分にも愕然とします。
これが、サザエさんシステムの魔!
そして、この愛すべき”おっさん”二人を書き続けてくれた著者には、初読時の失礼な感想を詫びたいです。
30代過ぎても友人同士の会話は出会った当初から変わらないものですよね! すみません!
狩人とは誰か
本書のタイトルに掲げられた「狩人」、シリーズの愛読者であれば、即座に火村を連想するでしょう。
犯罪者を冷徹に追いつめ、狩る探偵。
俺が撃つのは人間だけだ。
という、かっこいい(?)セリフを放ったりもします。
しかも、火村は謎めいたトラウマを持ち、頻繁に「悪夢」にうなされている人物でもあります。
しかし、あにはからんや、犯人を真に追い詰めるのは普段は助手に徹している有栖のほうです。
あまり、書くとネタバレになってしまうのですが、今回犯人にとどめを刺したのは火村ではなく有栖のほうでした。
解決後、火村が言うには
「お前の矢には毒が塗ってあった」
確かに、火村の提示した推理だけでは、「証拠がない」と逃げられても仕方なかったかな、という展開でした。
とはいっても、人の好い有栖らしく、火村であったら絶対想像しないような同情的な推論を犯人に投げかけます。
きっと冷徹に淡々と追い詰められるよりそっちのほうがキツいこともあるのでしょう。
事件解決後、火村の「悪夢」について二人が語る場面があるのですが、今後火村が「悪夢」に飲まれそうになっても、今回のように有栖が代わりに出てきて、それを引き受けてくれるのでは、と希望が持てるラストでした。
本書でクスりと笑ってしまった一幕がこちら
「異性の手を握る意味について思いがけず見解が一致した記念に訊くけど、火村先生が最後に大切な手をぎゅっと握ったのはいつや?」
「この前の日曜日さ」
面白くもなさそうに答える。
「お前を侮ってた。……マジか」
この男が抱える秘密は計りがたい。
「ああ、婆ちゃんが台所で転びかけてな」