書にいたる病

活字中毒者の読書記録

『漁港の肉子ちゃん』西加奈子 | 【感想・ネタバレなし】生きている限りは、誰かに迷惑をかけることを怖がってはいけない

今日読んだのは、 西加奈子漁港の肉子ちゃん』です。

インパクトのある題名に随分前から気になっていたのですが、なんとなく暗い話な気がして避けていました。

そんなとき、明石家さんまさんプロデュースでアニメ映画化する、という話を聞いて、これは暗い話じゃないかも……と思い切って読んでみました。

劇場アニメ映画『漁港の肉子ちゃん』公式サイト

 

想像していた物語とは全く違う、暖かくて強い”家族”の話でした。

また、「あとがき」が本編に比するほど素晴らしい作品でもあります。

それでは、あらすじと感想を書いていきます。

あらすじ

男に何度も騙されては、北の漁港に流れ着いた母と娘。
肥っていて不細工で鈍くて底抜けに明るい母・”肉子ちゃん”は漁港の焼肉屋で働いて、街のみんなに愛されている。
娘のキクりんはそんな母親のことが最近少し恥ずかしい。
心のままに生きる母と、自意識に葛藤し成長していく娘。
人間臭くて不細工でエネルギッシュな家族の物語。

おすすめポイント 

”肉子ちゃん ”のキャラクターが本当に素敵で、読むと元気がもらえます。

北国の漁港の寒々しい風景のなかで逞しく生きる人々の活き活きした息遣いが感じられます。

読み終わった後の「あとがき」を読むと、そこに込められた思いに泣けます。

なるべくネタバレしないようにしますが、気になる方はご注意ください。

漁港の肉子ちゃん

インパクトのあるタイトルですが、読み終わるとこのタイトル以外ありえない、と確信させられます。

肉子ちゃんは大阪出身の38歳。

漁港の焼肉屋「うをがし」(新鮮な魚ばかり食べている地元民が肉の脂を求めてやって来る)で働いています。

「うをがし」の店主のサッサンは奥さんを亡くしたショックで店をたたもうとしていたのですが、そこに現れた肉子ちゃんを雇って経営を続けることにします。

サッサンは、肉の神様が現れた、と思ったらしい

肥っていて、不細工で、声が大きくて、ちょっと頭の足りない肉子ちゃんは、「うをがし」に辿り着くまで沢山の「糞みたいな」男に騙されてきました。

天真爛漫な母と自意識でいっぱいの娘

娘のキクりんは、小学5年生。

肉子ちゃんと対照的に、可愛い顔と華奢な身体で運動神経もよく、クラスメイトからの人気も高い女の子です。

そんなキクりんは、単純な母と違い悩みがいっぱいです。

クラスメイトの女子の派閥争いのこと、男子の拙いアプローチのこと、肉子ちゃんが最近こっそり誰かに電話していること。

キクりんは、それらの悩みに正面から向き合うことを避け、なるべく逃げよう逃げようとするところがあります。

しかも、自分が可愛く人気があることを自分で分かっていて、それを巧妙に利用して立ち回ることのできる賢さがあり、でも、そんな自分の小賢しい性格に自己嫌悪する、という思春期の悪循環に突入しています。

打算のない人間への憧れ

本書に登場する肉子ちゃんは溢れんばかりのエネルギーで周囲の人間を元気にさせてくれる人物です。

運動会の保護者参加の借り物競争の場面では、気が付けば会場の皆が肉子ちゃんを応援し、ゴールすれば立ち上がって拍手を贈ってくれます。

肉子ちゃんの優しさには打算がなく、人の言うことをすぐ信じ、先入観の無い瞳で接してくれるので、沢山の人が肉子ちゃんに救われます。

でも、肉子ちゃんのように生きることを望む人は少ないでしょう。

人を信じる肉子ちゃんは何度も何度も人に騙され傷つけられボコボコにされて、それでも借金も不幸も笑い飛ばして、また騙されて……。

肉子ちゃんのような人が現実にいたら、やっぱり沢山の糞みたいな人間がそのエネルギーに群がって奪ってボロボロにしてしまうんだろうな、と悲しく思います。

そして、どちらかと言えば自分は、肉子ちゃん側の人間ではなくて、その溢れる力に寄生するゴミ虫みたな人間なんだろうな~、と思いました。

だから、肉子ちゃんの持つ底抜けのパワーに憧れるし、こんな人にそばにいてほしいと憧れます。

(でも、私のようなすぐ人に寄生するゴミのような人間のそばに、肉子ちゃんのような人がいないことはむしろ喜ばしいことでしょう。)

この世の最も寂しい人の前に、”肉子ちゃん”が現れることを祈ります。

今回ご紹介した本はこちら

『吸血鬼』佐藤亜紀 | 【感想・ネタバレなし】革命の火種燻るポーランドの寒村にあらわれる吸血鬼の正体に国と民の残酷な断絶を見る

今日読んだのは、 佐藤亜紀吸血鬼』です。

舞台は1845年のオーストリア帝国領最貧の寒村・ジェキ。

土着の風習が色濃く残る土地で、次々と人が怪死していきます。

が、ホラー小説やファンタジーなどではなく、著者の歴史に対する深い洞察に基づいた小説で、これ1冊で19世紀のポーランドの在りようが大体わかってしまいます。

ちなみに、翌年の1846年はクラクフ蜂起が起こった年で、この出来事も物語に大きく関係してきます。

しかし、色々と調べていて思ったのですが、ポーランドという国は、あらゆる国に分割され統合され、歴史にもみくちゃにされた不遇な国ですね……。

それでは、あらすじと感想を書いていきます。

あらすじ

1845年、オーストリア領の寒村ジェキに役人・ゲスラーが若き妻を伴って赴任してきた。村人は土着の習俗から未だ抜け出しきれておらず、領主で詩人のアダム・クワルスキはポーランド独立の夢を未だに捨てきれず閉塞的な日々を送っていた。
ゲスラーの就任直後から、人々の怪死が相次ぎ、人々は吸血鬼ウピールの影に怯え始める。
人々の恐怖を鎮めるため、ゲスラーは死人の墓を暴き、首を刎ねるというおぞましい決断を迫られる。

おすすめポイント 

19世紀のポーランドの寒村に暮らした貧しい人々と独立を夢見る領主との乖離の描写が凄まじい迫力があります。

19世紀のヨーロッパに暗い雰囲気が楽しみたい方におすすめです。

なるべくネタバレしないようにしますが、気になる方はご注意ください。

吸血鬼(ウピール)とは

人々が怖れる吸血鬼ウピールは、私たちの良く知る吸血鬼(ドラキュラ男爵とか)のイメージとは少々異なります。

吸血鬼ウピールは、

最初は形がない。家畜や人を襲って血を吸うと、ぶよぶよの塊になる。更に餌食を貪ると、次第に人の形を整える。別の説では死人だ。生まれた時に胞衣を被っていたり、歯が生えていたりした者が死ぬと墓から出て人を襲う。 

と、大分気持ちの悪い感じです。

一説には、当時のヨーロッパでは土葬だったので、死体が腐敗し赤く膨れ挙がり内部でガスが溜まって動く様子から伝説が生まれた、とも言われています。

変死者が出ると、壁に穴を開けて足から先に遺体を外に出します。

死体が墓から戻ってこられないようにするためです。

また、人々の恐怖が頂点に達すると、村の嫌われ者(だいたい余所者)に家に村人が押し寄せ火を付けたりすることもあったため、古臭い因習だ、と笑い飛ばせない危険な側面がありました。

ジェキに赴任したばかりの役人・ゲスラーは因習どころかキリストの神さえ信じていない無神論者ですが、相次ぐ変死者を前に、ついに、墓を暴いて死体の首を切る、という決断を迫られます。

国と民の断絶

本書の舞台はポーランドの独立を目指したクラクフ蜂起の前年で、この歴史的背景も物語の重要な要素です。

ジェキの領主クワルスキはポーランド独立の夢をあきらめきれないでいる老人です。

彼にはポーランド人という自負があり、周囲もそうあるべきだと信じ込んでます。

しかし、最貧の地で農奴あがりの百姓たちには国や自分が何人なのかなど関係ないのです。

本書に登場する最も知的な人物は、役人のゲスラーでも、詩人で領主のクワルスキでもなく、ゲスラーの下男・マンチェクの父親です。

なんの教育も受けず、密漁と百姓で生計を立てる彼の言葉は、驚くほど物事の核心をついています。

ー旦那衆は旦那衆で、百姓は百姓だこっつぁ。教えてくれさ。旦那衆が国を旦那衆のものにするのに、なんで百姓が死んだり手足もがれたりしんばんがぁて。割に合わんねかの。俺が何考えているか言おうかの。余所者、っちゃ損得が自分らと違うもんのこんだ。だっきゃ誰が一番余所者だの。お前様だろうがの。余所者がさんざんっぱら只働きさせて、挙句に兵隊にして、他人から国をぶん捕るすけ死ね言うかの。そら人の血吸って肥るのと一緒らの」

ここに克明に浮かび上がるのは、国や民族という実態の無い容れ物と、土地に根差して生きる人々との間の残酷なまでの断絶です。

独立や革命といった高邁なスローガンを金持ちが叫ぶ下で、実際に武器をもたされて戦って死ねと言われるのは名も無き貧しい民なのです。

誰のための独立なのか革命なのか置き去りにされたまま。

民族や国家というスローガンは、人の血を吸って肥え太り、そのくせ実態の無い、まさに吸血鬼ウピールそのもののように思えました。

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『インドラネット』桐野夏生 | 【感想・ネタバレなし】卑小さを突き詰めた人間の切なさと東南アジアの深い闇が融合する現代の黙示録

 今日読んだのは、桐野夏生インドラネット』です。

政情不安が日常に根付くカンボジアを舞台に、コンプレックスの塊のような卑小な男が、人生のたった一つの光を切ないほど追い求めた成れの果てを見せられました。

異国情緒豊かな描写、濃ゆい登場人物、振り回される情けない主人公、どろどろの話なのに、何故か神話の世界を垣間見るような神々しさが文章にあります。

読後、無性に切なくて胸をかきむしりたくなりました。

それでは、あらすじと感想を書いていきます。

あらすじ

正規雇用、低賃金で働く八目晃は、何の取り柄もないという劣等感から、女性社員への差別的言動や遅刻を繰り返し、だらしのない生活を送っていた。唯一の自慢は、高校時代、カリスマ的人気だった同級生・野々宮空知の親友であったことと、彼の美貌の姉妹とも付き合いがあったこと。そんなある日、空知の父親が死亡し、通夜の場で知り合った安井から、空知とその姉妹を探してくれないか、と持ち掛けられる。晃は空知の姿を追い、カンボジアへ向かう。そして、晃は美貌の三きょうだいを取り巻く東南アジアの闇の底へと誘われていく。

おすすめポイント 

東南アジアの風景の描写がリアルで旅をしているような気分が味わえます。

主人公の情けない性格に苛立つ感情が、次第にどうしようもない切なさへと変っていきます。 

カンボジアの政情が物語の根底にあり、少し勉強になります。

なるべくネタバレしないようにしますが、気になる方はご注意ください。

情けない主人公への苛立ち

この小説を読み通す際にまず立ち向かわなくてはいけないのが、”主人公にイライラさせられる”という点です。

正規雇用・低賃金で仕事にやる気がない、まではギリギリ許せるのですが(よくあることなので)、女性への差別的言動(「ほとんどの女は、ものごとを大局的に見る能力に欠けている」、「50歳以上の女は、おばさんがおばあさんとしか思えない」等の思考)、どうしようもなく愚鈍でだらしのない性格、なんでこんな奴が主人公なんだ、とちょっと苦痛にさえなります。

高校生時代の親友でカリスマの空知を探しに、カンボジアに旅立つ際も、捜索援助として100万円近い金額を受け取っているのにも関わらず、パスポートを取ったり、チケットを手配したりが面倒で二週間もゲームをしてダラダラ過ごした挙句、援助金を出している三輪という男に恫喝され(そりゃそうだ)、縮み上がってやっと日本を飛び出します。ふう……。

しかし、彼の愚鈍さは留まることを知らず、多額の現金(30万円!)が入った荷物を東南アジアの安宿に置きっぱなしにし(当然盗まれ)、知り合った女性を憶測で犯人扱いするも論破され、現地で成功している事業者・木村の邸宅に拾われるも、そこでまたもや無為にダラダラ過ごし(なんでや!)、体よくパスポートを奪われてしまいます(!)。

もうなんかやることなすことアホ過ぎて、なんでこんな奴が主人公なんや!(2回目!
)、と呆れてしまいます。

というか読者だけでなく、登場人物全員から呆れられています。

誰かの影として生きる切なさ 

そんな情けない主人公にイライラさせられながら、最後まで読み通してしまったのは、コンプレックスと劣等感の塊のような彼が、切ないほど親友の空知に恋焦がれているからです。

もしかすると、自分は、空知のネガティブな夢に出てくる小人物で、八目晃という人間は、現実には存在しないのではないかと。

自分は、空知の夢、もしくは影だという彼は、自分の主体であり光である空知を神格化し、崇拝し、それ故に彼の姉妹にも(勝手に)偶像性を求めます。

しかし、いまだ政情不安が尾を引くカンボジアで彼が見たものは、誰もが誰かの影として生きるしかないいや、人間は誰かの光や影などにはなれない、という彼にとっては悲劇的現実でした。

それでも、どんな厳しい現実を突きつけられても、彼は空知の影であることを全うしようとします。

そこには、誰かの影として生きるしかない人間の切なさがあります。

主人公は、確かに怠惰で鈍感で卑小ですが、卑小さをひたすら愚直に貫くが故に、そこにはある種の聖性が宿ります。

卑小な主人公への苛立ちは、やがて卑小な”人間という生き物”への切なさと憐みへと姿を変え、読者はそこに東南アジアの混沌に君臨する神々の巨視的な眼差しを見ることができるのです。

現代の黙示録といってふさわしい作品でした。

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『海のふた』よしもとばなな | 【感想・ネタバレなし】全編を貫く夏の匂いとまばゆい光に目が眩む、夏が恋しくなる小説。

今日読んだのは、 よしもとばなな海のふた』です。

ふるさとの西伊豆にささやかなかき氷屋を開く「私」と心に傷を負った少女・はじめちゃんとの夏の日々を描いた爽やかな一夏の小説です。

私は、超インドア派にも関わらず、夏が一番好き!という珍しい人間なのですが、本書は、これから夏を迎える今読むのにピッタリでした!

名嘉睦稔の挿絵も生命力に満ち生々しく、海と夏の匂いを運んでくれます。

それでは、あらすじと感想を書いていきます。

あらすじ

ふるさとの西伊豆で、かき氷屋をはじめた「私」のもとに、母の親友の娘・はじめちゃんがやって来る。大切な人を亡くし傷ついたはじめちゃんと寂れてしまった故郷への想いを募らせる「私」との、かけがえのない一夏の日々。

おすすめポイント 

夏に読むのにピッタリの小説です。 

主人公の「私」のキャラクターが、力強く荒々しくてそこが魅力的です。

なるべくネタバレしないようにしますが、気になる方はご注意ください。 

「まりちゃん」のようになりたい

本書で一番好きなシーンはこちら。

はじめちゃんがやってきた晩、公共浴場での場面で、

「まりちゃん」

はじめちゃんは、そのときはじめて私の名を呼んだ。恥じらいもなく、まるで昔から知っている人のような呼び方で。それは、多分はじめちゃんが心を開くことに決めた、記念すべき瞬間だった。

「なあに?」

「まりちゃん、はだかなのにがっと足を開いて、真っ黒で、漁師みたいに岩に座っていて、かっこいいです。」

「がさつだからね~。」

序盤のこの場面で、この「私」こと「まりちゃん」にスコーンと恋に落ちてしまいました。

生まれた西伊豆の街が好きで好きで、だから今のさびれてしまった故郷の姿が悲しくて、自分にできることやりたいことを考え抜いた結果、大好きなかき氷屋をやることに決めて、そのために真っ黒になってガンガン働いて……。

行動力があって、考え方がサッパリしていて、私がこうなりたい!と思う女性の姿そのものです。

現実の私は、臆病で神経質で(なのに無神経で)、ひょろひょろでなまっちろい人間なので、余計に物狂おしいくらい「まりちゃん」に憧れます。

夏の匂い

そんな海のような力強い魅力に溢れた「私」のもとにやってきたのが、心に傷を負った少女・はじめちゃんです。

全身に火傷の傷跡を背負い、可愛がってくれたおばあちゃんを亡くしたばかりのはじめちゃんは、背骨が浮き出るほど瘦せ細った痛々しい少女です。

「私」は、はじめちゃんの負った傷や、ちょっとお嬢様気質でわざままな部分を、少しだけ面倒くさいな~、と思いながらも、おおらかに受け入れていきます。

「この忙しい現代社会において、よく知りもしない人のために、自分の時間を全部あけておくなんて、恐ろしいことだ」という私の気持ちが間違っていて狭量でちっぽけなものだという気が、聞いているうちにどんどんしてきたのだ。

本当に、こういう考え方が好き。

一緒にかき氷屋をやったり、街を見てまわったり、夜の海に入って見たり、まるで小学生の夏休みのような生活。

全編に漂う夏の匂いに、ちょっと死にたいくらい夏が恋しくなります。

今の季節にぜひ、読んでほしい小説です。

今回ご紹介した本はこちら

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『パンダより恋が苦手な私たち』瀬那和章 | 【感想・ネタバレなし】恋愛に足りないのは野性? 恋も仕事もボロボロの編集者が挑む動物×恋愛コラム!

今日読んだのは、 瀬那和章パンダより恋が苦手な私たち』です。

「動物奇想天外」と「生き物地球紀行」に夢中だった幼少期だったので、タイトルから思わず手に取ってしまいました。

ファッション誌志望だったのにカルチャー雑誌の編集にまわされ、いまいち仕事にノリきれないパッとしない編集者が、突然任された恋愛コラムのライティングにおたおたしながら、自分の夢と仕事に向き合っていく、というちょっと熱いお仕事小説です。

動物のちょっとしたミニ知識も取り入れられてお得感満載でした。

それでは、あらすじと感想を書いていきます。

あらすじ

カルチャー雑誌の新人編集者・柴田一葉はファッション誌で働く夢破れ、仕事に熱が入らない毎日。そんなとき、かつてのカリスマモデル・灰沢アリアの恋愛相談コラム企画を任されることになる。憧れのアリアとの仕事に気負う一葉だったが、アリア本人からは執筆を拒まれ、やむなく代筆をすることに……。そんなとき、「恋愛」の研究者・椎堂司の存在を聞きつけ、藁にもすがる思いで研究室を訪ねてみることに。しかし、椎堂は”動物”の求愛行動にしか興味を示さないトンデモない変人だった!
仕事に恋に悩む女子が挑むドタバタライフ!

おすすめポイント 

動物の豆知識が面白いです。 

夢と現実の落差に悩む女性の姿が等身大で描かれていて共感できます。
 

なるべくネタバレしないようにしますが、気になる方はご注意ください。

夢と現実の落差に悩む人へ

本書はAmazonの紹介ではラブコメディーとなっているのですが、お仕事に踏ん張る女子の小説といったほうが実態に近いかな~と思います。

主人公の一葉のもともとの夢はモデル。しかし身長の伸びず父親譲りの大根足を受け継いだ一葉が早々に夢破れ、それならと、ファッション誌の編集者になるため厳しい就活戦線を勝ち抜き見事出版社に内定を貰います

しかし、入社式において会社がファッション誌から撤退することを聞かされ卒倒

その後3年間女性向けカルチャー誌「リラク」の編集者として、目の前の仕事を低水準でこなすだけの毎日を送っています。

そんな日々に、かつての神様・灰沢アリアの恋愛相談コラムの代筆をするという仕事が舞い込みます。

しかも同時期に、5年間付き合いそろそろ結婚を考えていた恋人に一方的に破局を告げられてしまいます。

仕事も恋もボロボロの一葉ですが、わがままなアリアに振り回されたり、変人動物学者・椎堂に呆れたりしながらも、一歩一歩前進していきます。

そして、当初は女王様気質で周囲を困らせてばかりのアリアにも、実は、秘められた苦しみと葛藤があることが分かってきます。

「こうありたい自分」と「現実の自分」が随分遠ざかっている者ですが。その距離に悩む多くの人がこの小説に共感できるのではないかな、と思います。

人間よ、もっとがんばれ!

そして、この小説のもう片方の主役はズバリ”動物たち”です。

本書には様々な動物の奇妙で素晴らしい「求愛行動」の数々が紹介されています。

そして、そこから思うことは、

人間はもっとがんばったほうがいい!、ということです。

動物たちの恋愛は、なわばりの広さや、狩りの上手さ、巣づくりの巧みさ、強さや健康さなど、求愛行動の基準がはっきりしていて明確です。

人間も、外見の良さや、経済力など、モテる理由は動物とさして変わらないのですが、その求愛行動の基準が曖昧なのです。

「動物たちの求愛行動はシンプルだ。気持ちを表現する手段も、パートナーを選ぶ基準も決まっている。選ぶ基準が個体ごとに変わったり、気分や年齢で変わったりしない。相手の気持ちを勝手に察したり、自分の気持ちに嘘をついたりもしない。気持ちを伝える手段もばらばらなら、相手を選ぶ基準もばらばら。そんな面倒くさい生き物は人間だけだ」

例えば、孔雀のオスは羽根の目玉が百三十個以上ないとメスから相手にされないという研究報告があるそうです。

目玉の数が少ないオスは繁殖相手を見つけられず諦めるしかありません。

動物の世界は明確故に残酷です。

でも、人間は違います。

経済力が無くても性格で伴侶を見つけられるパターンもありますし、性格が最悪でも経済力があれば、モテることもあります。

それ以外にも、家事ができる、気配りができる、お母さんに似てる、など様々な理由で選んでもらえるチャンスがあります。

場合によっては経済0家事0性格0の完全ヒモでも拾ってくれる奇特な人物もいたりします。

こうしてみると人間の恋愛は動物に比べ超イージーモード!

「相手の気持ちが分からな~い」なんてグダグダしょうもないことで悩むよりは、自分の持っている武器を手に、果敢に求愛行動に勤しんだほうが建設的だな、と思いました。

動物、面白い!

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『ロシア紅茶の謎』有栖川有栖 |【感想・ネタバレなし】国名シリーズ第1作品集。毒殺された作詞家のカップに毒を入れた驚くべきトリックとは

今日読んだのは、有栖川有栖ロシア紅茶の謎』です。

1994年刊行で、エラリー・クイーンにならった”国名シリーズ”の第1作品集にあたります。 

時代は感じさせるものの、今読んでも粒ぞろいの作品で、本格ミステリ好きには素敵なお菓子箱のような作品集です。

それでは、各短編の感想を書いていきます。

あらすじ

毒殺された作詞家のカップに毒を入れた驚きのトリックを火村が暴く表題作をはじめ、動物園で発見された被害者の遺した暗号、殺害されたアパートの大家の奇妙な日記、密室。本格ミステリの粋を尽くした宝箱のような作品集。 

おすすめポイント 

王道の本格ミステリをお求めの方におすすめです。

暗号やダイイングメッセージものが好きな方におすすめです。

シリーズを通読していなくても楽しめます。

なるべくネタバレしないようにしますが、気になる方はご注意ください。

各短編の感想 

動物園の暗号

動物園にして発見された他殺体が握りしめていた紙には奇妙な暗号が記されていた、という暗号好きにはたまらない作品です。

1994年刊行なので、火村先生の肩書が”助教授”なのも趣深いです。

暗号を解くことで、犯人は辿り着くのですが、読者にはぜひこの暗号にチャレンジしてほしいです。

分かる人には絶対分かると思います(私はさっぱりでした。)

屋根裏の散歩者

言わずと知れた江戸川乱歩へのオマージュですね。

クイーンの次は乱歩かよ!とちょっと突っ込んでしまいました。

店子の生活を屋根裏から覗き見していた大家が殺害され、発見された日記には何と世を騒がせている連続殺人事件の犯人について書かれていた、というお話です。

大家は店子を「大」や「ト」、「太」などのニックネームで書いており、このニックネームが誰を指しているかがポイントになります。

真相はちょっと、というか大分笑えるものでした。ぶふふ。

赤い稲妻

火村の教え子が目撃者となった事件で、”状況的な密室”とも言える作品です。

向かいのアパートから女性が落下、部屋にはもう一人誰かいたのを火村の教え子が目撃しているのですが、当の部屋にはチェーンがかかっていた、部屋にいた人物は誰でどこに行ったのか、という謎に火村が挑みます。

状況的に密室状態になった部屋から如何に人が脱出したか、という話で、とても短い短編なのですが、ロジックの冴えがこの作品集随一といっていいと思います。

ルーンの導き

ダイイングメッセージものです。

被害者は四つのルーンの石を握りしめていて、それが何を意味しているのか、が今作の謎になります。

真相は、ちょっと無理やりな気もしますが、オチが良いので良し!

ロシア紅茶の謎

作詞家がロシア紅茶を飲んだ直後に青酸カリ中毒で死亡。

犯人はどうやって彼のカップにだけ毒を入れることができたのか、と言う謎です。

そういえば、北山猛邦の「音野順の事件簿」にも数あるチョコレートの一つだけに毒を入れた事件がありました。

「音野順の事件簿」の事件も、本作品の真相も、偏に「犯人の度胸」にかかっているな、と思いました。

ここまでして皆が見ているなかで被害者を殺したいものなのでしょうか、人気のない場所でぐさっ、とかの方が楽なのでは、などと考えるのは野暮でしょう。

火村によってスルスル謎がほどけていくこの感じが気持ちいい短編です。 

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『菩提樹荘の殺人』有栖川有栖 | 【感想・ネタバレなし】〈若さ〉がもたらす光と闇を書き分ける四つの短編。火村の学生時代のある事件も明かされる

今日読んだのは、 有栖川有栖菩提樹荘の殺人』です。

2013年に刊行された「作家アリスシリーズ」の長編です

あとがきによると、

本書に収録した四編には、〈若さ〉という共通のモチーフがある。

探偵役の火村の学生時代や、有栖の高校生時代の思い出などが散りばめれていて、ファンとしては嬉しい要素満載です。

もちろん、本格推理小説としても、相変わらず冴えたロジックと著者の善良さが伺える物語性が楽しめます。

個人的には、このシリーズでは珍しい”人の死なないミステリ”である「探偵、青の時代」が好きです。

それでは、各短編の感想など書いていきます。

あらすじ

少年犯罪の闇を思わぬ側面から突いた「アポロンのナイフ」、お笑い芸人の野心が生んだ凶行「雛人形を笑え」、火村の学生時代に遭遇した友人たちの若さゆえの過ち「探偵、青の時代」 、”若々しさ”をウリにしていたタレントが殺害され、有栖の初めて書いた推理小説が明かされる「菩提樹荘の殺人」。
〈若さ〉がもたらす光と闇を書き分ける四つの短編。

おすすめポイント 

王道の本格ミステリをお求めの方におすすめです。

作家アリスシリーズでは珍しい”人の死なないミステリ”が収録されています。

なるべくネタバレしないようにしますが、気になる方はご注意ください。

各短編の感想

アポロンのナイフ

17歳の男子高生が複数の人間を死傷させ逃亡、日本中が震撼するなか、有栖の住む大阪で女子高生と男子高生の死体が相次いで発見される、という筋書きです。

逃亡中の男子高生〈アポロン〉は未成年であることから、マスコミの自主規制により氏名や顔を伏せられており、それが市民の不安を一層煽っている状態です。

大阪で発見された女子高生と男子高生も〈アポロン〉の仕業なのか!?と思いきや、事件は意外な方向に進みはじめます。

少年犯罪において犯人ばかり守られているのでは、というのはよく聞くテーマですが、その問題を意外な視点から突いた秀作だと思います。

火村の推理によりあぶりだされた真相は、あまりに戯画的で悪意的でした。

後味悪いですが、メッセージ性が明らかで、この短編集のなかで二番目に好きです。

ただ、2021年ともなると、マスコミが匿名にしても、すぐにネットに晒されてしまうので、この話はもう成り立たないな~、イヤな時代になった、なんて思ったりもしました。

雛人形を笑え

目下売り出し中の漫才師〈雛人形〉の片割れが殺害される、という事件です。

この短編集のなかでは、あまり好きではない部類かもしれません。

推理自体も、そんな滑稽なものでいいの?、という感じでしたが、漫才師が絡む事件なだけに真相にも笑いの要素を入れたかったのかもしれません。

ただ、火村と有栖の漫才という貴重(?)なシーンがありこれは見逃せません。

プロにも、

「先生ら……漫才うまいやないですか」

探偵、青の時代

梅田でかつての同級生と再会した有栖が、学生時代の火村が関わったある事件について耳にする、というお話です。

”青の時代”なんてタイトルなので勝手に、絵の話かな?、と予想していたのですが、単純に探偵の青春時代ということのようでした。

学生時代の飲み会で、集まった面々がちょっとした悪戯心から皆でグルになって火村を試そうとするのですが、簡単に看破されたうえ、思わぬ真相さえ引きずりだされてしまう、というちょっと苦い青春の思い出の話です。

私は最近、海外ドラマ「エレメンタリー」にハマっていて、これは現代NYにホームズとワトソン(女性!)が生きていたら、という設定でとても面白いのですが、観察力、洞察力が鋭すぎるホームズは人のちょっとした嘘や秘密を簡単に見抜いてしまうので、極度に神経質かつ人間嫌いになってしまっています。

火村もホームズも、天性の”探偵”であるが故に理解者を得にくい、という名探偵の宿命を背負っています。

ちょっと苦い話なのですが、シリーズでは珍しい”人の死なないミステリ”である本作がこの短編集のなかで一番好きです!

菩提樹荘の殺人

〈若々しさ〉をウリにしていたタレント・桜沢友一郎が別荘「菩提樹荘」の池にて死体となって発見、死体からは衣服がはぎ取られていた、という事件です。

〈若さ〉をウリにしているのに、名前に儚さの象徴の”桜”が入っているのがなんとも皮肉です。

また、火村の年齢の取り方に対する考え方が興味深いです。

「老いなければ年齢を重ねた意味がない、ということやな? ー火村先生は相当、桜沢友一郎に反発しているなあ」

「価値観が違うと言っているだけさ、あの売れっ子の先生は、若々しくあることを自己目的化してしまっている。命なんてものは道具なのに」

「おお、ワイルドな表現やないか。いつか小説で使わせてもらうかもしれん」

本シリーズは、作中人物が年を取らないサザエさんシステムなので、この会話は何とも微妙な味わいがありました。

今回ご紹介した本はこちら

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