今日読んだのは、白石かおる『僕と『彼女』の首なし死体』です。
第29回横溝正史ミステリ大賞優秀賞受賞作(2008年)です。
商社勤めのサラリーマンの”僕”が、女性の首を渋谷のハチ公前に置き去りにする、という衝撃的なシーンからはじまるミステリです。
”今”を切り取ったドライな語り口や、つかみどころのない”僕”の性格、乾いた哀しみが吹き抜ける真相など、好きな人はとことんハマる世界観だな、と思いました。
ちなみに当時の大賞受賞作は、大門剛明『ディオニス死すべし』(刊行にあたり『雪冤』と改題)だったそうです。こちらもそのうち読んでみたい。
それでは、あらすじと感想を書いていきます。
あらすじ
衝撃的なシーンで幕を開ける新感覚ミステリ。
おすすめポイント
ドライでちょっと変わった主人公が語るミステリを読みたい方におすすめです。
あまり重い内容ではなく気軽に楽しめるエンタメをおもとめの方におすすめです。
北村薫のイチオシ
当時の選考委員は、以下の4名。
・綾辻行人
・北村薫
・馳星周
当時の選評を読むと、北村薫が特に本書を推してる様子が伺えます(反対に坂東眞砂子は結構酷評しています)。
「僕と『彼女』の首なし死体」を推した。
新人として大切なものは、個性だろう。それが最もよく出ていた。主人公を動かしているのは、月並みな恋情ではない。彼という人間の、あり方そのものである。こういう性格の人物を主役に据えたところで、まず大きな得点を確保した。ミステリや小説の常識に挑戦しているところがあり、そこを買った。(選評より)
”僕”というミステリ
”僕”こと主人公・白石かおるは、天下の四菱商事(この安易なネーミングもあまりにシレっとしていて逆に笑えます)のサラリーマンですが、ある冬の早朝、自宅で切り落とした”彼女”の首を渋谷のハチ公まえに置き去りにします。
それは、ある”目的”のためでしたが、それ以降、自宅に脅迫電話がかかってきたり、何者かが自宅の冷凍庫に保管している”彼女”の胴体から指を切り落としていったり、折り悪く自身が東京を襲い停電に悩まされたり、波乱万丈で、なかなか”目的”を果たすことができません。
そもそも、本書は首を切り落とした張本人である”僕”の一人称で語られるのに、首を切り落とした”目的”も、”彼女”を殺した犯人も、そもそも”彼女”とは何者なのかも、一切読者に語られないどころか、主人公が何を考えて行動しているのか全く読めないのです(一人称なのに!)。
予想できない主人公の行動に、???が脳内を飛びかっているところに、しびれをきらしたかのように、突然、”僕”が読者に呼びかけてきます。
ーなんだ。いったい、僕をなんだと思っている? ここまで読んでもわからなかったのかい?
そんなこと言われても、わかんないよ……。
学生時代からの親友で同僚の野田が、”僕”を評して曰く、
「室長。ー俺ともあろうものが、なんでこいつと、よりにもよってこいつなんかと、なんでいつもくっついているのかと言いますとね」
野田は、なにか辛いことでもあるのか、あきらめたように首を振っていた。
「こいつが、こういう人間だからなんですよ」
本書をミステリかと問われると紛れもなくミステリなのですが、既存のミステリの枠組みにあてはめようとすると、どうもうまくあてはまりません。
”僕”が積極的に探偵をするわけでもなく、アクロバティックなトリックがあるわけでもなく、犯人あてかというとそれも微妙に違う……。
ミステリが”謎”と”謎解き”を魅せるエンタメなのだとしたら、本書の”謎”は、”僕”の存在そのものと言えます。
”僕”の行動の一つ一つは、読者にとっても他の登場人物にとっても、予測不可能で、なぜ彼がそうしたのか、ちゃんと”僕”の口から語られるのに、それでも全く理解できなくて混乱して、でも、”彼女”の首を切り落としたその理由を明かされたとき、確かに胸を突かれる”何か”があります。
切ないような、哀しいような、愛おしいような。
主人公を動かしたのは、恋情や復讐心ではなく、本当に単純な(それでも理解不能な)理由なのに……。
もはや、”僕”そのものがミステリです。
一筋縄ではいかない主人公を探している方には、是非読んでほしいです。
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